許可どり地獄
数日前に見たゆるコンピュータ化学ラジオの
『AIに酷使される人間が爆誕しました。』回、
「なんでもかんでも許可を求めてくる」っていうチャプターのことをふと思い返して、すごく安易な結びつけ方だが、人間同士の関係性にも……
例えば上司と部下に限らず、お互い対等な関係でいたい相手に対しても、誠実でいたいと思えば思うほど、この “許可どり地獄” に陥る気配を自分の中に感じている。
とか、国や組織における民主主義的な構造上の関係についても例えば政治的な経験知がない国民に、政治家がいちいち全部に許可どりしてたらキリないから、代議士っていう役割が必要で
(日本が間接民主制を選んだのもこのためなんだろな?)
このくだりで堀元さんが「ウゼえ」って反応してる通り、人間同士の関係に置き換えれば、過剰な慮りや伺い立てはちくちくとしたようなプチストレスを蓄積させたり、
意思決定の速度も上がらず、生まれる損失もあるんだろうし、
いちいち伺いを立ててたら、自分の主体性がないのかなって、
相手から思われそうだし
ただ一方で、許可どりせずに相手の都合を勝手に慮ること、自分の視座からできる範囲で相手の状況を想像して勝手な結論を急ぐこと(「良かれと思って」的なこととか含め)それによるすれ違いやミスもたくさん経験した。
許可をとるべきかどうか、その姿勢をどの程度持つかどうかの見極めって、とても難しい。
最終的なオチとしては
「AIを扱うためにガバナンスが必要」って言ってて、要は、どの程度の権限を与えるかの判断を、扱っている側の人間ができなきゃねっていう。
なるほどいまの国の話にすれば、ガバナンスがバカになって与党が暴走してるって話だよね
ガバナンスというものに興味が出てきたかもなあ
https://youtu.be/Q2x50vUnYak?si=g1agV8SKDTjSarvb
#なやみごと