ミソジニーと三十路は音が似ているだけだった
途中までしか読んでいないが、面白かった。
対立するのではなく、理解できればと願う
都会の恵まれた個人主義者が「田舎」で暮らすコミュニティを蔑視したり、知的労働で高給を得る層が「現業」レベルの仕事を支えてくれている層を蔑視したり・・・というのは「ほうっておくとそうなっちゃう」わけで、ギリギリ土俵際で「同じ国を共有しているのだ」的な幻想で縛っておかないと、どんどん「恵まれた人が自分のことだけ考えて生きる」社会になっていってしまう。
環世界の違いを共有
または、環世界の融合
文書を作成しても、米は作れない。
こういうことは忘れないようにしたい。
ところで、ミソジニーとは、女性嫌悪のことらしいのだが、男性嫌悪の概念もあるのだろうか。記事ではもう少し広く捉えているのだろうか。