権力
他者を自分の意志に従わせる力
参考
だが、権力の影響は、はるか深いところにも及ぶ。どんな権力でも──収入や教育の差をあからさまに示すものでなくても──相対的に強まると、人が利己的なレンズを通して世界を眺めるようになる。これを誰よりも知っているのが、コロンビア大学ビジネススクールのアダム・ガリンスキーだ。彼は、権力の影響にかんする非常に独創的な研究で知られている。ガリンスキーはある実験で、人びとの権力意識を操作するのはじつに容易だと気づいた。何らかのシミュレーションに参加してもらい、他者より影響力の大きな地位を与えるだけでいいのだ。
一例として、ガリンスキーは実験参加者たちに、さまざまな問題を解決する役割を演じてもらった。だが、開始前に一人をボスとして選び、仕事をほかの参加者たちに割り当てさせた。そのシミュレーションが終わると、ガリンスキーは参加者たちに、仮に自分か他人が道徳に反した振る舞いをした場合、それを許容できるかどうかの判断を求めるため、次のような質問をした。「もし本当に必要ならば、捨てられていた盗難自転車を自分のものにしてもいいか?」「もし遅刻しそうならば、制限速度などの交通規則を破ることは許されるか?」。するとこの実験でも、一時的に権力のある地位──他者に頼らなくてもいい地位──に置かれただけで、他人が規則を破った場合より自分が規則を破った場合のほうが許容できると答える人が多かった。つまり、権力は他人に厳しく自分に甘い態度──信頼を失う振る舞い──を助長したのだ。
おそらく最も厄介なのは、人は権力を得ると不誠実になるだけでなく、ぬけぬけと嘘をつけるようにもなることだ。カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールのダナ・カーニーは、一時的な権力の増大によって、嘘をつくのがうまくなることを示している。彼女はガリンスキーの研究と似た手法を用い、実験参加者に模擬ビジネスでさまざまな役割を演じてもらった。たとえば、ボスは従業員より大きなオフィスをもらい、従業員に給料を与えるといった具合だ。参加者たちはこうしたロールプレイを短時間おこなったのち、面談を受けてから実験を終えるように指示された。ただし、参加者の半数は、隣の部屋から100ドル札を「盗んで」から面談を受けるように言われた。さらに、お金を取っていないと面談者を納得させられたら、そのお金を本当にもらってもよいとも告げられた。面談者は、どの参加者がお金を取るように指示されたのかを知らずに、すべての参加者を調べた。
この手法では、実験が終わった時点で参加者は四つの群に分かれた。高い地位の盗人群、低い地位の盗人群、高い地位の対照群(お金を取るように指示されなかったグループ)、低い地位の対照群だ。面談者が対照群の人びとにお金を取ったかと尋ねたときは、気が咎めた様子を見せる人は誰もいなかった。そのため対照群では、面談者から「嘘つき」に分類される人はいなかった。だが、盗人群の人びとには権力の影響がはっきりと現れた。低い地位の盗人群では、嘘をついていると面接者に見抜かれる人が多かった。いくら自分は取っていないというふりをしても、罪悪感を隠しきれなかったのだ。だが高い地位の盗人群──短時間、ボスの役になった人びと──では、様子が違った。彼らは平気で嘘をついた。じつは、高い地位の盗人群では、面談者から「嘘つき」に分類された人はほとんどいなかった! 参加者の誰も気づかないうちに、ちょっとした地位の変化が彼らに自信を与え、利己的な嘘つきにしたのだ。とすると、もっと大きくて長期的な権力の変化が、人にどれだけ影響を及ぼすかを想像してほしい。権力の影響を予期していようといまいと、権力は私たちの誠実さを低下させると同時に、嘘をつく技能を向上させるのだ。