取締役会
取締役会
「そろそろ取締役会の充実も検討しなきゃいけません。株を公開するかなり前に取締役会を整えておく必要があります。つまり、もう、なんとかしなければならない時期なのです」
「6人は多いな。そんなにいらないよ。あと、一緒に仕事ができる人になってもらいたいな。肩書のためじゃなくて、ピクサーのことを本当に考えてくれる人だ。会社のことがなにもわからないお飾りはいらない」
「信頼される取締役会じゃなきゃいけませんね。ピクサーの戦略がまっとうかどうか、投資家は取締役会で判断しますから。テクノロジー系の人ばかりにするのはまずいでしょう」
「いかにもハリウッドという感じの経営者や有名人はいらんぞ。ピクサーを理解してくれる人じゃなきゃだめだ。ピクサーのことを考えてくれる人、我々が信頼できる人だ」
かなり絞りこまれたと言えるだろう。少人数で、ハリウッドからも信頼される取締役会。メンバーはスティーブがよく知っていて信頼している人、ピクサーにとってなにが一番いいのかを考えてくれる人だ。ウォールストリートに信頼され、かつ、スティーブと親交のある人を集めなければならない。そう簡単にはみつかりそうにない。
ハリウッド映画業界の交渉
スキップのオフィスを訪れたとき、私は、小さなひじ掛け椅子に置かれた縁取りのあるクッションに目を引かれた。「罰されない善行はない」という言葉が刺繍されていたのだ。そんな私を見て、スキップが言った。
「あの言葉の意味がわかるなら、ハリウッドがわかっているということです」
えっと思った。あまりにシニカルな言葉だからだ。だから、どういうことか尋ねてみた。
「戦っちゃいけない現実がハリウッドにはあるんです。あまりに多くをあまりに早く譲歩すれば、もっと譲歩しなければならなくなります。まさかそんなと思うでしょうけど、覚えておいたほうがいいですよ?」
ちょっと話をしただけで、彼がハリウッドのスーパー弁護士と呼ばれている理由がわかった。
初対面のとき、私は彼に尋ねてみた。
「ハリウッドでは、どういう人がトップまで上りつめるのですか」
「世の中では、運の要素が大きいと思われています。でも、私の意見は違います。トップスターは、みな、ただ者じゃありません。仕事はもちろん、ビジネスの才覚もすごいのです。彼らは、上りつめるべくして上りつめているのです。みんな、キレッキレの切れ者ですよ」
ハリウッド系取締役の候補はスキップしかいない。彼にはどうしても取締役になってもらう必要がある。スキップが二の足を踏んでいるのは、ピクサーにリスクがあるからじゃない。単純に不都合だからだ。押しの一手だ。それしかない。
「弁護士としてかかわっていただけるのは大変うれしいのですが、それじゃ足りないんです。あなたを取締役に迎えることは、ピクサーの未来にとって、また、スティーブの未来にとって、計り知れないほどの価値があります。我々は、アニメーション映画の世界を変えるという、過去、 50 年以上にわたってどこもなし遂げられなかったことをしようとしています。スティーブも、どうしてもあなたと仕事がしたいと望んでいます。あなたの助けが必要なんです。ピクサーが成功したとき、あなたに参画していただいていれば、こんなすばらしいことはありません。成功できなかったら、取締役を辞めていただいてもかまいません。あなたにとって、マイナスはあまりないはずです。面倒がなるべく少なくなるように、できるかぎりのことはさせていただきます」
「わかりました。少し考えさせてください」
そう答えてくれた2日後、喜んで取締役になりましょうとスティーブのところに連絡が入った。