コースの定理
企業という仕組みが存在する理由は「取引コスト」にあるという洞察。
購入したい商品の情報が入手困難、高価、偏った力関係がある場合、取引に不満を覚える。取引相手が行っている活動を自社内に取り込んだ方が経済的。
・企業内の取引コストのほうが外部との取引コストよりも少なければ、企業は大きくなる。
・外部との取引コストが少なくなれば企業は小さくなる。インターネットによって取引コストは少なくなったため、企業の機能は分化し、小さくなった。
「コースの定理」は「経済システムを構成する諸制度のあり方の決定において、取引費用が果たす、あるいは果たすべき基本的な役割を、明らかにすること」を目的としたアイデアであって、決して市場の万能性を主張しているのではなく、「取引費用が無視できない現実的な世界では、なぜ非効率性が発生し、市場メカニズムがうまく機能しないようなケースが起こるのかを解明しようとした」
「コースの定理」は標準的な教科書においては「企業間に外部性が存在しても、もし取引費用がなければ、資源配分は損害賠償に関する法的制度によって変化することはなく、また常に効率的なものが実現する」や「外部性の出し手と受け手との間で交渉が行われれば、それが理想的な形で機能する限り、授権のあり方に関わらず、常にパレート効率的な資源配分を実現する」と要約される
参考
外部性とコースの定理
なぜインターネットの登場を待たねばならなかったのだろうか。なぜ「三人寄れば文殊の知恵」をそのまま発展させて、「百人/千人よればスーパー文殊の知恵」にできないのだろうか?
ここに作用するのは、普通の組織や企業の論理と同じだ。通常、ものを作るときには規模の経済が働く。大量生産すれば安くモノが作れ、競争力が高まる。ではなぜあらゆる企業がどんどん巨大化しないのか?あらゆる分野が超巨大企業ばかりにならないのか?もちろん、大企業ばかりの産業分野はあるが、そればかりではない。
これを説明したのが、ノーベル経済学賞を受けたロナルド・コースの提案した「コースの天井」「コースの限界」なる理論だ。コースは、世の中のものは財産権さえ明確に決めておけばあとは関係者の自発的な取引ですべて丸く収まる(かなり極端なまとめだが)、という「コースの定理」で有名だが、企業の存在意義として取引費用の最小化を挙げた業績も大きい。
そしてその理論の中で、かれは企業や組織の規模についても検討し、組織規模は、情報のやりとりの限界で制約されることを指摘した。組織内では人々や部局同士が情報交換しなくてはならない(そうしないと組織の意味がない)が、組織が大きくなれば、情報交換の手間も増える。そしていずれ、コミュニケ−ション費用が規模拡大のメリットを上回る。人を組織に一人加えても、規模のメリットが内部調整の手間で相殺されてしまう。そこがコースの天井となる。
組織内のコミュニケーションというとわかりにくいが、企業の人ならこれは会社の間接部門だと思えばいい。人事や経理、総務などの部局は、現業部門の人(たとえばぼく)から見ればつまらない書類や手続きばかり要求して仕事の効率を落とす(つまり内部に費用負担をかける)部門だが、一方でそれがないと会社がまわらないのも事実だ。こうした部門がやっているのは、基本的には社内の各種コミュニケーションを担当している。会社の規模が大きくなると、こうした間接部門も大きくなり、全体の効率は下がる(ちなみにこれをイギリス式の嫌味全開ユーモアで鋭く解説したのが、かつてはサラリーマン必読書と言われた『パーキンソンの法則』だ。いまなお、サラリーマンたちが本当にきっちり読んで理解すべき名著だと思うので是非)。
文殊の知恵でも話は同じだ。高校や大学でサークルを運営したり、会社でちょっとした会議を運営したような経験があれば、人数が増えるにつれて各種の調整がいかにむずかしくなるかはご存じの通りだ。三人が寄り集まるのは簡単だが、十人寄ろうとすれば、そもそも寄り集まるためのスケジュール調整だけで一苦労となる。さらに実際に集まったあとでも、会議の方向性を決め、議論をとりまとめ、十人それぞれの意見や主張をちゃんと聞き、それをまとめて知恵に仕立てるのも一苦労だ。ましてインターネット以前の時期で、自発的に数十人を集めるのはほぼ不可能だ。何らかの権限を使って強制的に集めるしかない。そして集めたところでほとんどの人は一度も発言できず、それがわかっているからこそ敢えて顔を出す気にもならない。こうした内部調整と内部コミュニケーション費用が、これまでは集合知がなかなか活用できなかった理由に他ならない。
だが、ネットの存在でそれが変わった。コミュニケーションの費用は下がって、それぞれの意見をもっと多くの人に一度に伝えられるようになったし、その調整も容易になった。これにより、情報を集め、動かし、まとめ、分析し、流通させるコストが下がり、コースの天井もどんどん上がっていった。これが集合知を可能にしている原動力の一つだ。