両立マップ
事業のトレードオフに関する問題解決モデルを理解してもらう解説です。
事業を営む上で、売上を上げることと、コストを減らすことは重要です。一方で、この2つの方針は、行動レベルではトレードオフを引き起こす場合があります。たとえば、小売店における在庫を増やすことと在庫を減らすことです。
・売上を上げるためには、在庫を増やす必要がある。なぜなら売り切れを減らすことで売上を上げられるから
・コストを減らすためには、在庫を減らす必要がある。なぜなら売れ残りを減らすことでコストを下げられるから
売上を上げるために在庫を増やすと、ネガティブな結果として売れ残りが生じます。売れ残りはコストを増やします。そうするとコストを減らすために在庫を減らそうとします。今度はネガティブな結果として売り切れが生じます。売り切れは逸失利益であるため、今度は在庫を増やそうとします。
売上増加もコスト削減も企業に取って不可欠なニーズにもかかわらず、片方のニーズを実現するための解決策が、もう一方のニーズを損なうという悩ましい問題です。
ところが、これこそが現代社会における価値の源泉となります。もし売上増加とコスト削減を両立するという高い次元での問題解決を実現できたら、既存企業のシェアを大きく奪い取ることができるでしょう。
売上を上げていてもコストが高ければ儲からない。コストを減らしても売上が上がらなければ儲からない。これらの企業はトレードオフを解決した企業に淘汰されてしまいます。
結果として、こういった現状を停滞させるトレードオフを解消する企業が繁栄することで、優れたプロダクトが社会に行きわたり、社会に住む私たちは人びとの創意工夫の恩恵にあずかれるのです。
では在庫を増やすことと、在庫を減らすことの話題に戻りましょう。どのようにすれば、在庫の増減に関する売上増加と在庫削減を両立できるのかの古典的な解決策を解説します。また、解決策が分かったとしても、それに取り組めない人の認知モデルはいかなるものなのかの例を解説します。
在庫の増減に関する売上増加と在庫削減を両立できるのか
在庫増減問題は小売業界において中心的な命題ですので、様々な解決策が既にありますが、今回は分かりやすい需要予測、多頻度補充、代替製品の販売、中央倉庫を紹介します。
需要予測はその名の通り、予測に重きを置いたものです。もしコンビニを営んでいたら、2月14日までの一週間で何が起きるでしょう? チョコレートの売上が伸びますよね。12月24日はケーキの売り上げが伸びます。あらかじめ需要が伸びることを想定して在庫を準備するのが需要予測です。
多頻度補充は少し高度なオペレーションになります。売り切れが起きたとしても、補充までの期間が短ければ逸失利益の発生期間を短くできます。たとえばコンビニでは一日に2~3回の補充がされます。売り切れたとしても、数時間後には補充されるため、売り切れによる売り逃しの期間を減らすことができます。
代替製品の販売とは、売り切れを起こしても別の商品で代替することです。たとえば賞味期限の短いおにぎりと、ちょっと長いパンを組みあわせることで、おにぎりが売り切れてもパンを買ってもらうことで売り切れを減らすものです。このように複数の賞味期限を組みあわせることで逸失利益を減らすことができます。
中央倉庫はこれまでの三つに比べて聞き慣れないものかもしれません。ネットスーパーを活用している人はちらほら聞いたことがあるかもしれません。コンビニの各店舗では何が売れているのか、何が売り切れているのかはバラツキが生じます。「今日は寒くなったので暖かいものが売れた。暖かくなったので冷えたものが売れた」このように様々な状況変化によって需要はリアルタイムに変化します。需要予測が困難です。
ところが各店舗でバラツキが生じても、各店舗の売り上げと在庫を合算すると売り切れと売れ残りはなだらかになります。今日は寒いから暖かいものが売り切れになっているとしても、どこかの店舗にはまだ売れ残りがあるわけです。
以前のネットスーパーは、実店舗で販売されているものを店員がピッキングして配送するものでした。現在、倉庫から直接配達するタイプのネットスーパーが増えています。これは各店舗で対処するよりも、大きな在庫を持つ中央倉庫から直接発送することで売り切れを防ぐものになります。
もっとよくするには? 何を制御しているのか
ではもっと良い方法の実現のために、どのように考えていくかを解説します。
テーマは下記の両立です。
売り切れを最小にしたい
売れ残りを最小にしたい
時間という変数から、補充頻度を高めることについて考えてみましょう。
買い手の欲しいという需要の程度によって、売り切れや売れ残りが発生します。この過程で何が起きているのでしょうか。突然10個のおにぎりが買われてしまうわけではありません。時間の経過と共に何人もの顧客が、それぞれひとつふたつ手に取って10個のおにぎりは少なくなっていきます。
この時間の経過に伴うおにぎりの増減をグラフで表してみましょう。なだらかに減っていきます。しかし、常に同じペースで減っていくわけではありません。一日の中でお昼時、夕飯時といったタイミングで現象のペースが上がります。売り切れを減らすには、最も需要の高まる前に補充するとよさそうですね。
一体なにをしていたのかというと、時間の経過に伴う需要の変動要因を特定したわけです。お昼時、夕飯時です。反対に在庫が少なくても構わない状態も特定できます。お昼を過ぎてしばらくした昼食後だったり、深夜時間帯です。いつ補充するべきか、いつ補充しないべきかの指針ができました。
この変数の変動要因の特定が重要です。車に乗っていても、常に40kmで走っているわけではありません。信号待ちでは0kmになりますし、高速道路では80kmになるでしょう。都市計画では、この変動要因を用いることで、マクロでは交通はスムーズな移動になるように各車の速度が制御されています。
需要
ある日の需要→売り切れ→遺失利益→利益減
ある日の需要→売れ残り→コスト増→利益減
↑時間経過と在庫の関係
売れ切れも売れ残りもないものは可能?
これまで在庫の増減について、どのように企業が対応しているのかを説明してきました。
では売り切れと売れ残りを最小にすることは可能でしょうか?
実はそういうものもあります。イメージはお寿司屋さんです。お客さんがオーダーしてからお寿司を握ります。つまり、依頼されてから作れる場合、在庫は不要です。
お寿司屋さんは実際にはネタが尽きたら売り切れですが、イメージはしやすいと思います。お寿司屋さんは鮮度の高い魚を毎朝、港で調達するとしたら補充は一回になりますね。しかし卵であれば、特別な卵で作っていなければ、無くなりそうになったら近所に買いに行くことで補充回数を増やすことができるかもしれません。
ではお寿司屋さんのたまごは、在庫増減問題をクリアした、顧客にとって理想的なプロダクトなのでしょうか。別の制約が出てきます。その場で作るものの場合、在庫増減の問題は減りますが、急激な需要増に弱くなります。
その場でつくるということは、作り置きをしない(在庫を前もって作らない)わけですから、板前さんの調理スピード以上にたまごを用意することはできません。そのため、たまごが大好きな人達が押し寄せたら、あっという間に売上のチャンスを逃します。
JIT(Just In Time)という、トヨタ生産方式で有名な考え方があります。世界を席巻しているリーンの元となっている現在においても産業において重要な概念です。「必要なものを必要な時に必要なだけ」という、いかに売れ残りを出さないかをプロセスに実装したものです。しかしJITを生み出したトヨタでも、その理想とはかけ離れた事態が起きています。任期の新車の納車が数か月待ちという事態です。つまり、生産能力以上の需要には応えられないのがJITの性質にあります。車は利益率が高くないプロダクトであるため、売れ残りによる財務に対する悪影響が大きいのです。ですので、売れ残りを抑制するというのはそれだけで十分に素晴らしい仕組みです。
自分達の事業がどのような性質を持ち、どのようなトレードオフがあり、それをどのように解決しているか、というゲームです。
解決策が分かったとしても取り組めない人の認知モデル
過去の失敗
過去に新しいやり方を試そうとして失敗した場合、「どうせまた失敗するから」と消極的になる。トレードオフの解消は簡単ではなく、失敗がつきまとう。決定的な失敗によって恐怖が刻み込まれトレードオフは解消できるものではないと考えるようになってしまう。
情報の非対称性、新しいやり方の未知
新しいやり方について部分的な情報しかもっていないため、なぜ有効なのか、何をすればいいのか分からず、判断できない。しかし現在の顧客のニーズには応えなければならないため、新しいやり方で混乱せずに進められる自信を持てずに反対する。
情報の非対称性、今までのやり方への熟知
これまでのやり方は熟知しており、どうなったらうまく行くか、どうなったら失敗できるかの因果関係をはっきり理解している。これまでも何度も失敗しているが、その失敗は許容可能なものである。こうした生存バイアスが現在のやり方への執着につながる。
社会序列のリセット
今までのやり方の熟知とも関連するが、今までのやり方を熟知している担当者は、頼られる存在である。事業において社会序列が高い状態となる。経営者であっても自分の経験と知識を前にすればひれ伏さなければならない。ところが新しいやり方をすると、こういった序列はリセットされ、教えてもらう立場にさがってしまうと考えてしまう。これまで人生を通して投資して積み上げてきた社内序列のリセットは受け入れがたい。
評価の非対称性
「失敗すると自分が処罰されるが、成功しても他人が評価される」と予想してしまう。新しいやり方をするとしても既存の顧客には関係が無い。そのため、既存の顧客に向けたオペレーションで失敗すると顧客に怒られるのは現場担当者である。ところが成功したとしても会社は儲かるかもしれないが、現場担当者には直接の利益がない。
移行作業の労力
新しいやり方を実現するには、現在のやり方と新しいやり方を移行するための様々な付帯作業がある。顧客や自社メンバーへの教育、マニュアルの改訂、様々な指標の変更、パイロットテスト、本運用。これらを既存の顧客の発注をこなしながら実行するのは非常に難しい。なぜなら、平時からオペレーションはカツカツだからだ。
評価
両立に近づくことをどのように評価するか
分業状態という部分的知識の当事者が、簡単かつ適切に状況を評価するにはどうすればいいか
両立マップの問題空間評価
初期状態
中間状態
目標状態
行動
制約
両立マップの開発
目標マップよりも、両立マップの方が分かりやすい?
2022/06/05 目標マップから両立マップに変更した
候補
目標マップ
両立マップ
目標両立マップ
両立目標マップ
トレードオフマップ
トレードオフ両立マップ
制約
長いほど覚えにくくなる
短いほど誤解される
目標という語のリソース
達成する必要がある
筋道がある
徐々に高まっていく
聞き慣れている
両立という語のリソース
トレードオフがある
どちらも満たす
ただし、どちらも満たさなければならないという不要なフォースが働く
トレードオフという語のリソース
対立概念が分かる
こちらを立てればこちらが立たずが分かる
どちらかを選択するという受け取り方をしてしまう