サバン症候群
サバン症候群
チェスでは、繰り返されるパターンを膨大に学ぶことが非常に重要なので、早期に専門特化することが重要になる。心理学者のフェルナンド・ゴベット(インターナショナル・マスター)とギレルモ・キャンピテリ(グランドマスターを目指す人たちのコーチ)の研究によると、力のあるチェス・プレーヤーがインターナショナル・マスターのレベルに到達する確率は、12歳までに厳しい訓練を始めれば4分の1だが、12歳以降になったら55分の1に下がるという(注21)。塊分けは魔法のように見えるかもしれないが、その根底には莫大な繰り返しの練習がある。ラズロ・ポルガーがその点を信じたのは正解だった。というのも、ポルガー三姉妹はサバン症候群ではなかったからだ。
精神科医のダロルド・トレッファートは、50年以上の間、サバン症候群の人たちを研究してきた(注22)。サバン症候群とは、一つの領域をどこまでも追求したいという欲求を持ち、その分野の能力が他の分野の能力をはるかに上回るという症状を指す。トレッファートはこれを「天才という孤島」と呼んだ(サバン症候群を持つ人の半分が自閉症で、障害を持っている人も多いが、全員がそうではない)。トレッファートはサバンの人たちの、信じ難い実績を記録している。たとえば、ピアニストのレスリー・レムケは、記憶をもとに何千もの曲を弾くことができる。
こうした状況を目の当たりにして、トレッファートは当初、彼らの能力は完璧な記憶によるもので、サバンの人たちは、いわば人間テープレコーダーのようなものだろうと考えた。しかし、音楽の能力を持つサバンに新しい曲を聴かせてテストした時、「調性の」音楽のほうが「無調の」音楽よりもずっと簡単に再現できた。無調の音楽とは、一般的なハーモニーの構造に従っていない音楽で、ポップスはほぼすべてが調性、クラシック音楽も大半が調性である。もしサバンが人間テープレコーダーであるならば、一般的なルールに従って作曲された音楽であってもなくても、同じように再現できるはずだ。
実際には、大きな違いが出た。あるサバンのピアニストの研究では、その男性はそれまで研究者の前で何百もの曲を間違いなく弾いてみせたのに、無調の音楽では、その曲を練習したあとでも再現できなかった。「あまりにも彼らしくなかったので、私はキーボードが移調モードになってしまったのではないかとチェックしたほどだ(注23)」と、研究者は記録している。「彼はかなり間違え、ミスは続いた」。サバンが記憶を呼び戻す超人的な能力を発揮する際にも、パターンや慣れ親しんだ構造は不可欠だったということだ。同様に、美術の能力を持つサバンも、絵を短時間見せられてそれを再現してほしいと頼まれた時、抽象的な絵よりも、実際に存在する物の絵のほうがずっとうまく再現できた(注24)。
トレッファートが自分の間違いに気づき、また、思っていたよりもサバンがポルガー三姉妹のような天才児と共通点が多いと認識するまでに、数十年かかった。サバンはただ再現しているだけではなかった。彼らの才能は、ポルガー姉妹の才能と同様に、繰り返し現れる構造に依存していた。そうだったからこそ、ポルガー姉妹のスキルは簡単にコンピューターで自動化できたのだ。
できるだけ早期に、狭い領域に特化してこなした練習の量が、パフォーマンス向上のカギだとしたら、あらゆる領域でサバンがトップに立ち、子ども時代の奇跡が大人になってからの偉業につながるはずだ。心理学者で、天才児研究の権威であるエレン・ウィナーによると、サバンの誰も、その分野を変革するようなクリエーターにはなっていないという(注33)。