TSMCは中国から台湾を守る盾にはならない 2023.12.15
https://gyazo.com/448fa4bd414f304dbb380c26604e8732 イアン・ブレマー
半導体産業は現在台湾TSMCの“meteoric rise(流星のごとく一躍首位の座につくこと)”によって、世界市場が席巻されています。
2022年にナンシー・ペロシ氏(当時米下院議長)が台湾を訪問した際に、TSMCのモリス・チャンCEOが、「米国の半導体製造の再建は失敗する運命にある(doomed to fail)」とあからさまにペロシに告げたことはニュースにもなりましたが、周囲にいた人はその単刀直入な発言に驚いたようでした。
20年5月、米国は中国のファーウェイに対して半導体の輸出を停止し、また、アリゾナ州にTSMCの工場を建設することが決定しました。米国が多額の補助金を出すことで進出を決めたと思いますが、そもそもこの話はトランプ政権のときに出ていたことを忘れてはなりません。
また21年10月、TSMCが日本政府の誘致を受け入れて、熊本に半導体工場を建設すると聞いたときは誰もが驚いたのではないでしょうか。TSMCのビジネスモデルがあまりにも成功していたから、工場が台湾以外のところに作られることを想像するのが難しかったと思います。
今TSMCは米中の新冷戦とも言われる最も熾烈な戦争の最前線に位置し、世界中で行われているtug of war(綱引き)の中心に位置しています。
半導体産業のゴッドファーザーと呼ばれるチャン氏が35年ほど前に台湾政府から受けたスタートアップ用資金と、オランダの半導体企業フィリップスから製造テクノロジーのライセンスを取得してTSMCを設立し、それが巨大産業に成長して世界を完全に支配する過程は、 #クリス・ミラー 氏の“Chip War”(『半導体戦争』)に詳述されていますが、ミラー氏は経済史を専門にしているだけあって、その取材力と筆力には脱帽です。この1冊で全体像が把握できます。 台湾は半導体製造での世界的支配をcrucial(存亡にかかわるほど重要な)なsecurity guarantee(国家安全の保障)と見ていますが、これはシリコン・シールド(シリコンの盾)と呼ばれています。
つまり半導体製造が台湾に集中していることで、中国が台湾に軍事侵攻するいわゆる台湾有事の際には、米国は台湾を救援してくれると台湾政府が信じているということです。
実際台湾政府の経済部長である王美花氏は、ワシントンDCを訪問したとき「このように台湾にあるTSMCがキー・グローバル・プレイヤーであることは、台湾をより安全にし、平和を保証してくれます」と言っています。
しかし、私はそうは思いません。
私は半導体製造が台湾に集中していることがシールドにはならず、その逆、つまり中国が台湾に侵攻するリスクをさらに高めることになると思います。
まず半導体製造が台湾に集中していることは、米国の戦略的目標とぶつかっています。(22年8月に米国で成立した)CHIPS法やその2カ月後の10月に決定された、重要な半導体製造に関する中国への輸出規制は、中国の半導体産業を完全に封じ込めるための措置でした。一方で、中国側からすると、先端半導体を製造するのに必要なテクノロジーを獲得するには台湾に軍事侵攻して、TSMCを占領する選択しかなくなります。
だから米国が半導体製造を台湾集中から切り離し、多様化しようとしていることは正しいのです。
グーグルの元CEOであるエリック・シュミット氏は、「米国は自国の企業や軍事の動力になっていた最先端のマイクロエレクトロニクスを、台湾に依存しすぎていることで、失う寸前の状態にある」と言いましたが、CHIPS法やその後の輸出規制がなければ、完全に失うことになるでしょう。ぎりぎりの措置だったと思います。
パンデミック禍で半導体不足になり、中国が台湾に軍事侵攻するというリアルな懸念が生じ、中国がテクノロジーの面で世界のリーダーになることを阻止するという米国の執念があったから、米国国内で半導体製造を復活させようと取り組みが始まったのです。そこにヨーロッパ、日本、シンガポール、インドも加わったと考えたらいいでしょう。
バイデン大統領は、“Folks, the future of the chip industry is going to be made in America. America is back.” (みなさん、半導体産業の未来は米国で作られます。米国は戻って来ました)とCHIPS法が可決されたときに語りましたが、誰もが遅ればせながら、今がbig watershed moment(重大な分岐点)であることを認識しています。
TSMCの大成功の要因の一つはそのビジネスモデルです。ファウンドリー・モデル(受託生産モデル)の効率とcost-saving(コスト節約)が、TSMCに大成功をもたらしました。そのことはミラー氏の”Chip War”に詳述されています。iPhoneで使われている半導体がすべてTSMCによって製造されていることにも驚きました。
TSMCのファウンドリー・モデルがまさにファブレス(工場がない)の半導体企業という新種の企業形態を生み出しました。ファブレスは工場を持たないので、工場建設にかかる莫大な費用も抑えられます。だからファブレスの半導体企業が増えたのです。
しかし、半導体製造には一国が持っているテクノロジーでは不可能な面があります。オランダがほぼ独占している露光装置も必要です。日本が強みを持っていてシェアが高いと言われている装置や材料、部品もありますが、それもいつ欧米に凌駕されるかわかりません。
かつて日本の半導体のシェアは50%もありましたが、日本人の欠点は過去の成功体験を引きずることであることはよく知られています。本腰を入れないとそれまで他国に取られてしまうかもしれません。
ラピダスという新会社が設立されて、それが大々的に報じられたことは記憶に新しいですが、私は懐疑的です。今TSMCが持っているテクノロジーに追いつくこと自体がほぼ不可能であると言う人もいます。アリゾナ州に作る半導体工場もまた然り。
ですから今米国が資金を出してもこれから15年くらいはその数倍の資金を出し続けないと、まさにtrain wreck waiting to happen(起こるのを待っている〈衝突などで起こる〉列車事故:避けられない大惨事)になる可能性があります。つまり短期的に資金を出しても半導体製造にかかわるテクノロジーはそう簡単に追いつかないということです。
いささか日本人には耳が痛いコメントですが、半導体製造の現実を正面から見つめ、何がベストであるか、TSMCに追いつくのはほぼ不可能である日本ができることは何か、理想を掲げることは重要ですが、具体的に考えて実行しないと鳴り物入りで設立した「ラピダス」も名ばかりのものになってしまいます。
TSMCに半導体製造が集中していることも台湾の安全保障どころか、不安定さを作り出しています。米国が自国の経済を守るか、台湾を守るか、そのどちらかを選択しないといけないような状況に直面したら、米国がどちらを選択するか、それは頗る厳しい決断になるでしょう。