高市氏の虚像でなく政治のリアルを 2025年10月7日
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https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-10-07/T3QH15GOT0JK00 リーディー・ガロウド
自民党総裁選でやや意外な勝利を収め、来週にも首相に就く可能性が高い高市早苗氏の登場は、市場を揺さぶり、左派も右派も一斉に反応している。
雰囲気が一変しつつある。高市氏に関する考察記事への需要が供給を上回り、誤情報やフェイクニュースが飛び交っている。
2012年に安倍晋三氏が自民党総裁に返り咲いた時も同様で、同氏を危うい国家主義者だとする大合唱が起き、「危険なほどナショナリスティック」とまで形容された。日本の軍国主義を復活させ、財政出動で経済を崩壊させるといった予言もあった。
それは現実を反映していなかった。今回も、同じことが繰り返される恐れがある。虚像が広まるスピードは10年余りより格段に速い。幾つかの主張について、事実と虚構を切り分けてみよう。
安倍氏の時と同様に、高市氏を単なる右派や保守ではなく、「ウルトラナショナリスト」だとか、過激だとか、女性版ドナルド・トランプだと決めつけたい向きが多い。
もっとも本人の責任という側面もある。若手議員だったころ、ヒトラーの選挙戦術を論じた書籍に賛辞を寄せる帯文を書いたのは軽率だった。
他方で、しばしば取り沙汰される中には、ホロコースト否定論者と会った場面の写真があるといった揚げ足取りもある。
高市氏が所属する保守系の「日本会議」についても、多くの情報が飛び交っている。日本の権力を背後で操る陰謀組織のように描写されがちだが、中道左派とされる岸田文雄前首相を含む数百人の国会議員が名を連ねる。
これは安倍氏の時に使われた手口の焼き直しで、不確かな傾向をほのめかし、関係があるというだけで罪を問うやり方だ。
もっとも、こうしたレッテル貼りは定着しなかった。安倍氏は結局、12年以降8年にわたり政権を担い、急進的なことはほとんどせず、職場での女性の役割を大きく広げるなどの成果を上げた。高市氏は今、その恩恵を受けている。
もちろん高市氏は強固な保守で、靖国神社への参拝を是認している。夫婦別姓のような考えにも否定的だ。高市氏自身、離婚後に同じ相手と再婚している。最初の結婚では夫の姓を名乗り、再婚時には夫が高市家の姓を名乗った。同性婚には反対だが、同性パートナーシップは支持するとしている。
ただ、高市氏の政策の多くは多くの国において、極端と受け取られるようなものではない。政策の中核は憲法改正と強固な防衛力だ。これらの見解は、日本でももはや過激と見なされるべきではない。
高市氏は自民党総裁に就任してわずか数分で、最初の論争を生んだ。就任スピーチで、国のために「働いて、働いて、働いて、働いて、働いていく」と述べ、同僚議員にも同様に仕事に励むよう促した。
首相という職務の厳しさを嘆いていた前総裁の石破茂氏とは対照的で歓迎された。一方、「ワークライフバランスという言葉を捨てる」との発言は反発も招いた。
長時間労働の是正や過労死防止を訴える活動家から批判が殺到した。筆者はこれまでにも高市氏の慎重さを欠く一面を指摘してきたが、今回はその類いではない。
同氏が語りかけていた相手は国民ではなく自民党議員だった。政治家に一生懸命働いてほしくない人がいるだろうか。
臨時国会で首相に指名されれば、日本は米国に先んじて女性のトップリーダーを持つことになる。東京都知事は小池百合子氏だ。首都と国政のトップがともに女性の数少ない国の一つにもなる。
もっとも、高市氏本人は自らの性別について大げさに語ることはない。ただ、同氏と異なる政治スタンスの陣営が女性であることを取り上げることがある。毎日新聞は「ガラスの天井を破った高市氏 『ジェンダー平等が後退』の懸念も」と題した記事を配信した。 
高市氏は多くの政治家と違って裕福な家庭に生まれたわけではない。そうした女性に対しては、いささか手厳しい評価だ。高市氏は内閣の女性比率を北欧並みにしたいと考えている。
ただ、その前に立ちはだかるのは、登用できる女性議員が少ないという現実だ。米女子テニスプレーヤーで後にレズビアンであることを公表したビリー・ジーン・キング氏(キング夫人)が言っていたように「目に見えるロールモデルがいなければ、そのような存在にはなれない」のだとすれば、高市氏は後に続く人たちの励みになるだろう。  
高市氏の勝利を受け、日経平均株価は6日に4.8%上昇した。だが筆者は、巨額の財政出動が再加速し、日本銀行がそれに従うという「アベノミクス2.0」になるとの見方には懐疑的だ。アベノミクスは高市氏が強く支持していた安倍氏の経済政策だ。
過去に高市氏が積極財政を唱えてきたのは事実だ。しかし自民党は今、そうした急進的な計画を押し通せる立場にない。というより、公明党との連立与党は衆参両院で過半数割れしており、いかなる政策であれ押し通せる状況にない。石破政権は昨年の衆院選も今年の参院選も大敗した。
高市氏は、総裁選の勝利に大きく貢献したとされる麻生太郎氏のような冷静なベテランにも恩義を感じ配慮するだろう。
成功への障害は数多い。高市氏自身の、時に向こう見ずな性格もその一つだ。とはいえ、政治の現実が否応なく抑制を迫るだろう。ネット上のうわさではなく、同氏の実際の行動で判断しよう。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-10-04/T3LNREGP493400
難局に挑む高市氏、「鉄の女」になれるか
自民党の高市早苗新総裁は、敬愛する「鉄の女」サッチャー元英首相のように日本を率いることを目指す一方、2022年に英首相に就任しながら、わずか1カ月半で辞任したリズ・トラス氏の二の舞いを演じるのではないかとも懸念されている。
高市氏を待つのは政界で最も難しい仕事だ。分裂の危機にある党の立て直しやインフレに不満を抱く有権者への対応、安全保障の後ろ盾である米国との関係の再構築など、課題は山積している。気負うなと言う方が無理だ。
元ニュースキャスターで、アマチュアのメタル系ドラマーかつバイク愛好家でもある高市氏は、歴代65人の男性首相に続いて、日本初の女性首相となる見通しだ。
日本はジェンダー平等ランキングで大きく順位を上げるだろう。ただし、これでよりリベラルな国家に近づくと期待する向きがあれば、考え直した方がいい。
党が選び得る選択肢の中でも最も保守色が濃く、近年で最も右寄りの総裁と言ってもいいほどだ。
高市氏は今回が3回目の総裁選出馬だった。党勢を長く支えてきた安倍晋三元首相の死去で求心力を失って以降、自民党は人気の低迷にあえぎながらトップ交代を重ねてきた。
高市氏は昨年の総裁選で決選投票まで進んだものの、極端な主張の持ち主と受け止めた議員らからの支持を得られず、現首相の石破茂氏に敗れた。
高市氏を「タリバン」と呼んだとされる岸田文雄前首相は、石破氏を党総裁に押し上げる上で重要な役割を果たした。だが、今回の総裁選は、信頼回復が急務の自民党が右寄りにかじを切る必要があると議員らが判断したことを示している。
昨年の総裁選後、高市氏は賢明にもスタンスを穏健化させている。最近では、「私はすごいとんがった右寄り保守のように思われていたかもしれないってことに去年初めて気が付きました」と打ち明け、自身について「すごい普通の日本人」だと思っていると述べた。
経済政策も緩やかにした。21年の総裁選では、自らのビジョンを「サナエノミクス」と名付けた。24年には日本銀行が利上げを検討したことを批判し、財政拡張を訴えた。
こうした姿勢が、経済政策を巡る金融市場の混乱を受け、わずか44日で英首相退陣を余儀なくされたトラス氏に例えられた。
高市氏が今回の総裁選で勝利すると、トラス氏はXへの投稿で、「経済停滞と過度な移民、国家主権の弱体化への反撃」だと高市氏をたたえた。
経済・財政面での立場を微調整した高市氏は、保守的な傾向を織り込みつつ、人工知能(AI)やサイバーセキュリティー、エネルギー自立で日本を強くする成長投資を重視。
その一方で、日々の暮らしに根差した課題に焦点を移し、給付付き税額控除や低所得者の課税最低限の引き上げを提唱するとともに、責任ある歳出の必要性にも言及した。
中国や韓国が反対する靖国神社参拝について、これ迄定期的に参拝してきたが、今後も続けるかを問われると明言を避けた。
安倍氏の薫陶を受けた高市氏は、今回の総裁選で打ち出したスローガンにも安倍氏が13年の訪米時に発した言葉「Japan Is Back(日本は戻ってきました)」を借用した。
高市氏は24年の著書「日本を守る 強く豊かに」で安倍氏殺害に衝撃を受け、眠れぬ夜が続いて睡眠薬に頼らざるを得なかったと書き出している。
筆者は、高市氏が急進的右派だとされること自体にはそれほど危惧を抱いていない。そうしたレッテル貼りは安直で、多くの場合、的外れだ。
総裁選での移民政策に関する発言の多くは十分に理にかなっており、外国人による不動産購入の規制などに触れていた。
気がかりなのは、高市氏の言動に、どこか慎重さを欠く一面が見えることだ。
最初の街頭演説では、地元の奈良で観光客が鹿をからかっているというとりとめのないエピソードから切り出し、マナーの悪い訪日客に不満を抱く有権者に迎合したかのようだった。
ネット上の議論はこの話題一色となり、より大きな論点から注意をそらしてしまった。
過去には、24年1月の能登半島地震を理由に大阪万博の延期を主張したこともある。深く考えずに発したような意見だった。万博は予定通り開催され、成功を収めている。
今年に入ってからは、食品にかかる消費税を撤廃するという拙速な提案も打ち出した。
自民党は安倍氏不在の中、その存在がいかに重要だったかを学ぶ過程にあり、党のアイデンティティーが揺らぐ中で分党論まで取り沙汰されている。
保守層の離反も進んだ。今回の総裁選で党員・党友票で首位だった高市氏が勝利を収めたことは、党の人気回復につながる可能性がある。
しかし、右派への訴求だけでは不十分だ。高市氏は安倍氏の後継を自任するが、安倍氏のような老練な政治勘を備えているだろうか。
安倍氏の第1次政権は2006年に始まったが、07年の参院選で大敗。同年の首相辞任後、自らのナショナリズム色を巧みに抑制した。
高市氏の陣営は今回、前回の総裁選よりはるかに洗練され、少なくとも教訓を生かしている事を示した。この現実路線を政権運営にも持ち込めるだろうか。
まず直面するのは連立政権を組む公明党との関係維持という課題だ。同党の代表は高市氏に一定の疑念を抱いているようだ。
高市氏は4日、党首として初めての記者会見で、「今の暮らしの不安や未来への不安を、夢や希望に変える政策を打ち出す政党だと感じていただけるような党運営を行っていきたい」と述べ、総裁選中に示していた穏健な姿勢を維持。迅速に実施可能な物価高対策に優先して取り組む考えを示し、靖国神社参拝については「心静かに適宜適切に判断する」と述べるにとどめた。
政府と日本銀行の関係については、コミュニケーションを密に取り、足並みをそろえる必要があると述べた。
今後、高市氏の「急進的な」考え方について多くの論評が出るだろうが、少なくとも現時点では、同氏は適切なトーンを発している。
石破政権の1年で課題はさらに積み上がった。高市氏は衆参両院で少数与党を率い、移民受入れの度合いからインフレ対策、AI時代の経済の姿まで、日本が向き合うあらゆる論点に対処しなければならない。
そして、そのすべての上にのしかかるのが、日本の安全保障の鍵を握る同盟国、米国との関係だ。トランプ大統領は日本からの輸入品に15%の関税を課し、5500億ドル(約81兆円)の対米拠出を求めている。
偶然にも、臨時国会での首相指名が見込まれる15日の後、新首相が最初に会う外国首脳がトランプ氏になる可能性がある。同氏はその2週間足らず後に来日すると報じられている。
自民党が高市氏を新総裁に選んだのは歴史的な出来事だ。ただ同党はリーダーを押しつぶしてしまう傾向がある。もし、高市氏がつまずけば、トラス氏のようにその在任期間がレタスの賞味期間と比較されることにもなりかねない。