変革につながるインサイト 2024.9.24
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国産ロケットの父・糸川英夫流「価値創造システム」の継承者が解説するイノベーション創出の極意(第6回)
ちなみに、デジタルトランスフォーメーション(DX)は、デジタル化することが目的となってしまうとうまくいかないという。本来のDXは、ビジネスプロセスを変革してから必要なプロセスをデジタル化する、あるいはデジタル化することでビジネスプロセスを変革しなければ成果にはつながらない。
創造性組織工学では、「インサイト」(隠れているマスクドニード)を発見する手段の一つとして、フィンランドの経済学者トルンクヴィスト(Leo Törnqvist)の「商品弾性率」を使う。商品弾性率とは、所得増加率(dm/mはm:現在の所得、dm:所得の伸び)と購買欲求率(dq/qはq:現在持っている数、dq:購買しようとする数)の比で表される。
例えば、20万円の給与が24万円になったとすると所得増加率は「増加額4万円/20万円」で0.2(20%UP)である。給与が20万円の時はスーツを3着持ってたが、給与が増えたのでもう1着買ったとする。この時の購買欲求率は「増えた1着/従来の3着」で0.33(33%UP)である。このケースの商品弾性率は「0.33(購買欲求率)/0.2(所得増加率)」で「1.65」となる。
当たり前のことだが、スーツを3着しかない人が1着増やすのと、10着の人が1着増やすのとでは増えた喜びが違う。給与にしても、20万円の人が4万円アップするのと、100万円の人が4万円アップするのでは増えた喜びが全く違う。
つまり、絶対量ではなく「比」(商品弾性率)が購買動機の重要指数となるのだ。また、プロダクトには所得が少し増えたからすぐに買い足すものと、鍋や包丁のように、所得が大幅に増えてもすぐには買わないものがあるため、それらを分類して考える必要がある。
第1商品群:生活必需品(食⇒衣⇒住)
第2商品群:代用品(バターの代用品となるマーガリンなど)
第3商品群:比較的ぜいたく品(自動車、バイク、テレビなど)
第4商品群:純ぜいたく品(ゲーム、音楽など、複数欲しくなる無限界商品)
第5商品群:情緒安定化商品あるいは産業(酒や宗教など)
日本では、1945年の敗戦をゼロ点にして、所得の少ない貧しい状態から高度成長期で所得が増すと第1商品群の生活必需品が伸びてくる。その一方で本物が手に入らないから第2商品群の代用品が急速に伸び、すぐに落ちる。
この後、所得の増加により比較的ぜいたくな第3商品群が伸びる。可処分時間の制約に縛られるが、無限界商品として第4商品群が伸びる。今の日本はすでに第4商品群から第5商品群の段階にあり、第3商品群のテレビや冷蔵庫を複数台買う市場は少ない。
つまり、水道の水のようにいい物を安くたくさん供給するという松下幸之助氏の水道哲学は、日本だけでは成立しないのである。一方、スティーブ・ジョブズ氏が価値創造をしたスマートフォンは、発売当初は第3商品群だったが、水道哲学のごとくいい物が安くたくさん供給され、新興国やBOP(Base of Pyramid:世界の低所得貧困層)の人々、あるいは生き延びるための情報を必要とする難民においても、生活必需品(第1商品群)となっている。
つまり、商品弾性率は、人口減少でシュリンクする日本市場だけでなく、円安による輸出ビジネスを考える時などの消費地のインサイトを考察する手段になる。
第1商品群から第5商品群は顧客という人を対象にするが、糸川博士はインサイトの対象を、さらに地球生命圏にも拡張すべきだと言う。例えば、『「復活」の超発想』(糸川英夫著)では、人間が共存しなければならない地球上の全ての生命との間のセンサー機能をインサイトとして挙げている。ーー>Trans Agent:TA
地球の環境が生命を生み、生命が環境を生み、その双方が生命の歴史を通じて共生関係を築いていくことで地球は維持されてきた。地球との共生関係にはわれわれ人間や動植物だけでなく、地球生命圏の住民である微生物も含まれる。
例えば海洋微細藻類は地球の生態系及び気候システムと密接に相互作用する重要な構成要素であると言われている。だとすると、その量や状態を知ることは私たち人間にとって必須の観測事項になる。
地球温暖化が人間社会が生み出した結果であるとしたら、それらを正確に観測し、地球生命圏の声なき声を知る必要性は、ますます高くなる。異常気象が地球のホメオスタシスであるならば、地球生命圏を主軸にした宇宙規模のコミュニケーションシステムという巨大なインサイトが眠っていると糸川博士は指摘する。
そのため、最初に糸川博士が実行したのは、沖縄県慶良間諸島のクジラ同士のコミュニケーション手段である鳴き声(クジラの歌)を採取し、ヤマハの研究所で分析したことだ。その結果、クジラの鳴き声を編曲すれば、バイオリンやチェロで演奏できることが分かったという。
このような生物と人間とのコミュニケーションをさらに拡張し、雲の生成に影響するエアロゾル(海洋微細藻類からも生成される)の計測や、CO2のポンプとなる海洋微細藻類を促す海洋深層水循環システムの開発など、地球を構成する地球生命圏の生物を計測し、制御するコミュニケーションシステムのインサイトを、糸川博士は前掲著で次のように予測している。
ワシントンは宇宙のフロンティア開拓に人類の未来を託そうとしているが何度も言うとおりこの宇宙は、そんなに容易に人間の居住地になれるところではない。早晩、アメリカのフロンティアは、もっと他の面に向いていくよりない。
当面は、宇宙空間での新技術開発だろう。私は、欧米も日本も、これからは共存・共生のレベルを、国家や民族からもっと広げ、広く地球生命圏との共生にまで拡大していかなければ、将来の画期的な技術のイノベーションもなく、南の諸国や北の諸国からの未来への納得も得にくくなるだろうと考える。
宇宙科学は宇宙科学で、地球物理学は地球物理学で、海洋科学は海洋科学で、生物学は生物学でと、それぞれの専門分野で勝手に地球を診断していたのでは地球の環境は永久に改善しない。つまらないセクト主義を捨て、あらゆる科学が協力し合って地球の生理を総合的に診断していく時代に入ったのである。そして、そこには巨大なイノベーションの芽がインサイトとして眠っている。
創造性組織工学の場合、異なる専門家を束ね、価値を創造する価値創造主をプロフェッショナルマネージャー(PM)と呼ぶ。米国でも日本でも宇宙研究やロケット開発は、科学者やエンジニアなど、多くの異なる領域の専門家が活躍している。
そのため、それぞれの専門家を束ねる役割が必要になる。糸川博士はその役割を「焼き鳥の串」と表現した。宇宙科学研究所の機関誌『ISASニュース』には次のように紹介されている。
「日本の宇宙科学の担い手として『工学と理学のスクラム』という無敵のパワーを育てた糸川は、衛星打上げの努力の途上で東京大学を去った。その後、創造性組織工学を柱とするシステム工学の普遍化のために大きな努力を惜しまなかった。
『システム工学は焼き鳥の串である』という糸川の至言がある。焼き鳥はネギやらタンやらハツやらが一本の串に支えられて大変食べやすいように串指しにされている。串そのものは食べられないが、多くのおいしい物を一本の焼き鳥にまとめて、食べやすいようにする。
人間の事業も、ヒトと時間とカネとが複雑に絡み合って成り立つわけだが、これを上手にアレンジして見事な戦略・戦術・スケジュールに仕上げて管理していくのが、システム工学の真髄である。糸川は、こうしたヒラメキのある類比で仕事の本質を表現することがよくあった。
数あるシステムの中で晩年の糸川英夫が最も関心を持ったのは、宇宙・地球という巨大システムとその中で日本が大きな役割を果たすためのシステムだったと言える。その主張には傾聴すべきことが多い。」
焼き鳥の串の役割は、前述したプロセスイノベーションや5つの商品群のプロダクトイノベーションだけでなく、地球生命圏とのコミュニケーションシステムという価値創造をも対象とするのである。