台湾有事は起こらない 2023.12.31
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『半導体戦争』で最も面白かったのは、日本の半導体産業の盛衰に関する記述です。中でも、ソニー(現ソニーグループ)の創業者・盛田昭夫氏と元東京都知事・石原慎太郎氏の共著『「NO」と言える日本 新日米関係の方策(カード)』に注目した部分です。著者の #クリス・ミラー 氏は、日米摩擦を取り上げて1989年にベストセラーとなったこの本のもう一つのテーマは、半導体だったと指摘しています。 1993年、アメリカが半導体の出荷数で首位に返り咲く。1998年には、韓国が日本を抜いて世界最大のDRAM生産国となり、日本の市場シェアは1980年代終盤の90%から1998年には20%まで下落した。
日本の半導体分野における野望は、日本の国際的な地位の拡大を下支えしてきたが、今となってはその土台そのものが脆弱に見えた。『「NO」と言える日本』で、石原と盛田は、半導体分野での優位性を使えば日本は米ソ両国に力を行使できる、と主張していた。
DRAMとは、メモリ・チップの一種で、データの一時的な保持に使われます。80年代に圧倒的なリードを保っていた日本ですが、90年代には復活した米インテルや安価なメモリ・チップの供給源となった韓国のサムスン電子が追い越していきました。
盛田氏は90年代に体調を崩し石原氏が半導体の重要性を説き続けたものの日本社会に影響を与えませんでした。しかし言っていることは実は正しかったという指摘も面白いと思います。
大半の日本人にとって、石原の主張はもはや支離滅裂だった。1980年代、半導体が軍事的なバランスを形づくり、テクノロジーの未来を特徴づけると予言した彼の考えはまぎれもなく正しかった。しかし、その半導体がずっと日本製のままである、という考えのほうは結果的にまちがいだった。
1990年代、日本の半導体メーカーは、アメリカの復活に押されて縮小の一途をたどった。アメリカの覇権に対する日本の挑戦は、その技術的な土台から脆くも崩れはじめたのだ。
現在、ファウンドリー市場では台湾積体電路製造(TSMC)が、圧倒的な技術力、つまりチップの集積度の高さでも優位性を誇っています。米国は半導体の開発・設計を得意とし、日本は半導体の材料や製造装置に強みを持ちますが、量産に関しては世界中が台湾に依存しているのが現状です。
そのため台湾は中国にとって核心的利益となり中国による武力侵攻が懸念されています。本書では次のように書いています。
中国が腹いせにTSMCの工場を破壊するとは考えにくい。特に、アメリカと友好国がインテルやサムスンの半導体工場にアクセスできることを考えれば、誰より被害をこうむるのは中国だからだ。
それに、中国軍が台湾に侵攻し、単純にTSMCの工場を乗っ取るというのも現実的でない。重要な材料や、半導体製造に不可欠な装置の更新ソフトウェアは、アメリカや日本などの国々からしか入手できない、とすぐに思い知るだろう。(中略)
人民解放軍はヒマラヤ山脈の国境紛争地帯をインドから奪還できることを証明したが、爆発性のガス、危険や化学薬品、超精密な装置が満載の世界一複雑な工場を奪取するとなると、まったく別次元の問題なのだ。
世界経済のグローバリゼーションが進み過ぎ、マイナスも生じてきました。そのため、経済安全保障という形で国境の壁を固めようとする動きが出ています。しかし相互依存性が強まり過ぎているので、副作用が大きいのです。
中国と欧州、中国と日本、中国と米国も、たやすくデカップリングはできません。お互いにとって、あまりにも不可欠な存在になってしまったからです。しかし「週刊ダイヤモンド」(2023年5月27日号)のインタビューで、ミラー氏はこう警告しました。
TSMCの最先端半導体製造工場にミサイルが一発撃ち込まれれば、携帯電話、データセンター、自動車、通信ネットワーク、その他テクノロジーの生産遅延が累積し、あっという間に何千億ドルという損害が生じかねない。
ミラー氏は、〈中国の指導者が軍事的な圧力あるいは軍事攻撃によって、台湾を制圧しようとするリスクは高まっている〉とした上で、〈もし中国が台湾を封鎖することになれば米国は介入するでしょう。そうなれば戦争は悲惨なものになりますから、今後、いかに中国の攻撃を思いとどまらせて阻止できるかが課題になります〉と警鐘を鳴らします。
この点で私は意見を異にし、台湾有事はまず起こらないと考えています。ロシアがウクライナへ侵攻して、もうすぐ2年弱。膠着した戦況をじっと見ている中国が、まねをするとは思えないからです。
CIAのウィリアム・バーンズ長官は、中国の習近平国家主席が「2027年までに台湾侵攻を成功させるための準備をするよう、人民解放軍に指示した」と明かしていますが、実際に中国が行動を起こすかどうかは別の問題であるとも語っています。
中国の経済成長を考えてみても、20年たってGDP世界一を達成する頃には、台湾と切っても切れない関係になっているでしょう。そのとき国民党が政権を握っていれば、台湾が自ら近寄っていく可能性さえあります。武力を用いるより、じっと待つ方が賢明だと中国が判断していると考える方が自然です。
もちろんそうした現実的なシナリオとは別に、中国は台湾侵攻のシミュレーションもしているでしょう。
23年3月20日から22日まで中国の習氏がロシアを訪れて、プーチン大統領と首脳会談を行いました。ウクライナ戦争が始まってから中国はロシアと少し距離を置いていましたが、この会談は4時間半に及び、習氏は冒頭からにこやかな態度に一変しました。会談後の共同声明も、〈両国関係は歴史上最高のレベルに達し、着実に成長している〉と両国の緊密さを誇示するものでした。この会談を転機として、これまでになく際限のない形での戦略的パートナーシップを結んだといっていいでしょう。
なぜ中国がロシアとパートナーシップを結ぶのかといえば、ロシアが持っている軍事力と戦訓が目的です。ロシアは今でも中国に型落ちした戦闘機を提供しています。潜水艦や地対空ミサイル、対空防衛システム、いずれも中国よりロシアの能力の方がずっと高いです。
また、中国は、中華人民共和国が成立してから戦争に勝ったことがありません。79年の中越戦争では一応中国は戦勝国ということになっていますが、当時のソ連製の最新鋭兵器で武装されたベトナムによってコテンパンにされています。つまり実戦で勝った経験がない。この実戦のノウハウ、すなわち戦訓を持たない中国に対し、ロシアは今回のウクライナ戦争を含めてノウハウを多く持っているわけです。また、今回ロシアがウクライナ戦争で鹵獲した米国の兵器の情報も入ってくるでしょう。
では台湾有事で、日本はどのような立ち位置になるのか。ロシア政府系のテレビ討論番組「グレート・ゲーム」(23年5月22日放映)での、コンスタンチン・シスコフ氏という軍事評論家の仮説にはリアリティーがあります。
「日本が中国と戦うのです。ウクライナの役割を日本にやらせる。あるいは台湾がウクライナの役割で、日本はポーランドの役割かもしれない。台湾人と中国人とを戦わせて、日本はそれを側面支援する。場合によっては日本も義勇兵を送る。しかし米国は人を送らない」(訳:佐藤優氏)
こうした最悪のシナリオを含めて、複眼的視点で台湾有事について検討すべきでしょう。