半導体は米中対立の武器 2023.12.30
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アメリカ政府や半導体産業の内部では、ほとんどの人々がグローバル化を信奉していた。しかし現実には、半導体製造のグローバル化など起きていなかった。起きていたのは台湾化だ。技術は拡散するどころか、替えの利かない少数の企業に独占されていたのである。
競争は企業同士がするべきであり、政府の役目は単に公平な競争の場を提供することだ、とアメリカ政府が思い込んでいる間に、多くの国々、特にアジアの政府は、半導体産業の支援に深く関与し、アメリカの地位は後退していった。
アメリカ当局者の多くは、世界の重要な技術システムに対する中国の影響力が高まっていると危惧していたし、中国が世界有数の電子機器の生産国という地位を利用して、製品にバック・ドアを組み込み、より効果的な諜報活動を行うようになる、とも推測していた。
未来の兵器を開発している国防総省の当局者たちは、今後、半導体依存がどれだけ高まるかに気付き始めた。通信インフラに注目する当局者たちは、アメリカの同盟国が欧米よりもZTE(中興通訊)やファーウェイといった中国企業の通信機器の方を購入し始めている状況に不安を抱いていた。
2018年4月、トランプと中国の貿易紛争が激化する中、米政府はZTEがアメリカの当局者に虚偽の情報を報告し、司法取引の条項に違反したと結論付けた。突然規制が復活すると、ZTEは再びアメリカ製の半導体を購入できなくなった。アメリカが政策を転換しないかぎり、ZTEが崩壊に突き進むのは目に見えていた。
しかし、トランプはZTEの締め付けを、習近平に対して影響力を及ぼす道具としてしか見ておらず、習から取引の提案があると喜んで受け入れた。ZTEはアメリカの供給業者との取引再開を条件に、追加の罰金を支払うことにすぐに同意した。トランプは貿易戦争における影響力を手に入れたと思っていたが、蓋を開けてみればそれは錯覚だった。
ファーウェイは、アメリカが軍事と戦略の両面で中国に対して技術的優位に立つ上で支配しなければならないと考える技術分野で、中心的な役割を占めていた。
真の問題は、アメリカの主要な地政学的ライバルである中国を代表する企業であるファーウェイが、基地局向けのハードウェアを生産するのみならず、最先端のスマートフォン向けチップの設計も行い、台湾TSMCにとって米アップルに次ぐ第二の顧客にまで成長していたことだ。これは十分な脅威だったのである。
こうして、ファーウェイの台頭を妨害することに、トランプ政権は執着した。トランプ政権は、同社へのアメリカ製チップの販売を禁止した。米インテル製チップがあらゆる場所で使われており、この規制だけでも大打撃だった。
しかし、ファーウェイは自社で設計したチップと、最新のスマートフォン向けプロセッサをTSMCで製造していた。よって、ファーウェイへのアメリカ製品の輸出を制限しただけでは、TSMCがファーウェイのために先進的なチップを製造するのを食い止められないのだ。
だが、アメリカにはまだ、切り札が残っていた。世界の半導体のほとんどは、アメリカに拠点を置くケイデンス、シノプシス、メンター(ドイツのシーメンスの所有だが拠点は米オレゴン州にある)の3社のいずれかのソフトウェアを使って設計されている。インテルが自社で製造する半導体を除いて、最先端のロジック・チップは全て韓国サムスン電子とTSMCの2社だけで製造されており、両社とも安全保障を米軍に頼る国々に拠点がある。
さらに、先進的なプロセッサの製造には、オランダのASMLという1社だけが独占的に生産しているEUVリソグラフィ装置が必要で、ASMLはというと、EUVリソグラフィ装置に不可欠な光源を供給する米サンディエゴの子会社、サイマー(13年に買収)に頼っている。
一握りの企業だけが作っている装置、材料、ソフトウェアが必要不可欠なステップがこれだけ多くあり、その多くはいまだアメリカが握っていた。そして、残りの大部分は、アメリカと緊密な同盟関係にある国々が。
20年5月、トランプ政権は、アメリカの技術を用いて作られた全製品のファーウェイへの販売を制限した。TSMCはアメリカの製造装置なしではファーウェイのために先進的な半導体は製造できないし、ファーウェイはアメリカ製のソフトウェアなしでは半導体を設計できない。以降、ファーウェイはスマートフォン事業とサーバ事業の一部を手放さざるを得なくなった。
ファーウェイへの攻撃に続き、中国のほかの複数のテクノロジー企業もブラックリストに載せられた。だが、中国のテクノロジー企業に対するアメリカの攻撃は限定的なものにとどまった。テンセント(騰訊)やアリババ(阿里巴巴)といった中国のテクノロジー最大手は、特に制限されていない。
中国最先端のロジック・チップ・メーカーであるSMICは、先進的な半導体製造装置の購入に関して新たな制限に直面しているものの、廃業はしていない。ファーウェイでさえ、4G(第4世代移動通信システム)ネットワークへの接続に使われていたような、古い半導体の購入は認められている。
それでも、中国が報復措置を取っていないことは意外だ。アメリカに反撃するよりも、ファーウェイが二流のテクノロジー企業に落ちぶれるのを黙って受け入れた方がいい、と計算したのだろう。サプライ・チェーンの寸断という点では、アメリカ側にエスカレーション・ドミナンス(敵の犠牲が大きくなる形で一方的に紛争をエスカレートさせる能力)があるということだ。
アメリカの規制は間違いなく、中国国内の半導体メーカーに対する政府支援の新しい波を呼び込んだ。だが、その結果として新技術が生まれるのかどうかは不明だ。中国で何十億ドルという資金が、絶望的なまでに非現実的な半導体プロジェクトか、あるいは露骨な詐欺プロジェクトに浪費された。
これほど多国籍なサプライ・チェーンで成り立つ半導体産業において、技術的な自立を実現することは、いまだ世界最大の半導体大国であるアメリカにとってさえ、ずっと絵に描いた餅だった。そう考えると中国が技術的な自立を成し遂げるのはいっそう難しいと言わざるを得ない。
だからこそ中国は、本気で純国産のサプライ・チェーンの構築を目指したりしていないのだ。中国にとっては、一部の分野でアメリカ依存を減らし、半導体産業に対する影響力全体を高め、技術的な急所をなるべく取り除いていくのが常道といえる。
半導体産業全体において、中国の製造シェアは、20年代の開始時点で世界の生産能力全体の15%だったが、30年には24%まで上昇し、量の面で台湾や韓国に追い付くと推定されている。その時点でも、中国が技術的な後れを取っていることはほぼ間違いないが、半導体産業のより多くの部分が中国に移転すれば、中国の影響力は増し、いっそう技術移転を要求できるようになる。
21年、世界の経済とサプライ・チェーンがパンデミックによる混乱に揺れる中、世界中の人々が、自分たちの生活がどれだけ半導体に依存しているのかを痛感し始めた。自動車に広く使われる基本的なロジック・チップを筆頭に、一部の種類の半導体がどんどん入手しづらくなっていったのだ。
バイデン政権や大半のメディアは、半導体不足をサプライ・チェーンの問題と誤解した。だが半導体不足は、主に需要の増加の問題だった。半導体の需要を突き上げていたのは、新型のPC、5G(第5世代移動通信システム)の携帯電話、AI対応のデータ・センターだ。自動車用の半導体不足は、主に自動車メーカーがパンデミックの初期段階で焦って半導体の注文をキャンセルしてしまったことに原因がある。
20年と21年に半導体生産が大幅に増加しており、これは多国籍のサプライ・チェーンが有効に機能しているという証なのだ。それでも、各国政府は半導体サプライ・チェーンについてこれまで以上に本気で考えるべきだ。
バイデン政権は「産業界、同盟国、パートナーとの協調」を約束してきたが、半導体産業の未来に関していえば、アメリカと同盟国の足並みは完全に揃っているとは言い難い。
アメリカは半導体製造において下落し続けるシェアを取り戻し、半導体の設計や製造装置の分野において支配的な地位を保ちたいと思っている。しかし、ヨーロッパやアジアの国々は、付加価値の高い半導体設計市場でシェアを伸ばしたいと思っている。
一方、台湾と韓国には、先進的なロジック・チップやメモリ・チップの製造における市場リーダーの地位を明け渡すつもりなどさらさらない。中国が国家安全保障上の必須条件として自国の製造能力の拡大を目論む中、アメリカ、ヨーロッパ、アジアで分け合える将来的な半導体製造事業のパイは限られていると言わざるを得ない。
製造面では後れを取っているアメリカで、希望の星はインテルだ。インテルはファウンドリ事業へと方向転換しようとしている。だが、インテルは半導体の自社製造の体制を整えようとしている一方で、先進的な設計を持つ半導体の製造を、台湾にあるTSMCの最先端の工場に委託しており、その割合は増加の一途をたどっている。
21年7月15日の決算発表の時点では、TSMCの業績は順調に見えた。同社にとって世界第二の顧客であるファーウェイへの規制もほぼ無傷で乗り切り、TSMCの株価は上場来高値に迫り、世界的な半導体不足も追い風となった。
それでも、TSMCが不可欠な存在になればなるほど、同社のリスクは高まっていった。中国政府がサプライ・チェーンを今以上に掌握したいと思っているからだ。
中国が腹いせにTSMCの工場を破壊するとは考えにくい。アメリカと友好国がインテルやサムスンの半導体工場にアクセスできることを考えれば、誰より被害をこうむるのは中国だ。中国軍が台湾に侵攻し、TSMCの工場を乗っ取るというのも現実的でない。重要な材料や、半導体製造に不可欠な装置の更新ソフトウェアは、アメリカや日本などの国々からしか入手できないし、TSMCの全従業員を捕虜にしても、何人かの技術者が猛反発しただけで、工場の操業が止まる。
だが、本格的な侵攻をせずとも、例えば、中国政府が海軍を使って、台北を出入りする船舶の一部に関税検査を強制したら、アメリカはどうするだろう? アメリカが黙認すれば、台湾の戦意に壊滅的な影響を及ぼしかねない。
中国共産党の最大の目標は、台湾に対する支配を確立することであり、中国政府は「反分裂国家法」(台湾が独立の動きを見せた場合の武力行使を合法化した法律)を議決し、定期的な演習も行っている。
中国は軍事力を高め、1996年の台湾海峡危機の時のように、アメリカの空母戦闘群が台湾海峡を航行するだけで中国に武力行使を思いとどまらせることができた時代は、とっくに過ぎ去った。
中国がTSMCの工場への対等なアクセス、さらには優先的なアクセスを中国政府に与えるよう台湾に圧力をかけることに成功すれば、日米両国とヨーロッパの同盟国は、先進的な装置や材料に新たな輸出規制を課すという形で対抗するだろう。
しかし、台湾が持つ半導体製造能力を他国で再現するのには長い年月がかかり、私たちは引き続き台湾に依存することになる。アメリカの経済的・地政学的な地位にとって大打撃となるだろう。
戦争によってTSMCの工場が破壊されれば、もっとひどいことになる。台湾は世界のメモリ・チップの11%、世界のロジック・チップの37%を製造している。コンピュータ、携帯電話、データ・センター、その他の電子機器の大半は、こうしたチップなしでは動作しないので、台湾の工場が稼働を停止すれば、翌年に生み出される計算能力は37%減少することになる。コロナ・パンデミックよりも、ずっと甚大な損失が生じる可能性があるのだ。
21年の世論調査で、台湾人の過半数が中台戦争は考えにくい(45%)またはあり得ない(17%)と回答した。しかし、ロシアのウクライナ侵攻を見てほしい。過去数十年にわたって台湾海峡がおおむね平和だったからといって、侵略戦争が起こり得ないわけではない。
こんどこそは楽勝だ――中国政府がそう考えてもなんら不思議ではない。