ケヴィン・ケリー人工知能の未来を語る 2016/07/27
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今やスマートフォンは多くの人の生活に欠かせない機器になった。初代iPhoneがこの世に誕生してから3300日程度しか経っていないことを考えると、いかにテクノロジーが人間の生活や仕事を一気に、劇的に変えるかわかるだろう。
ネットやハイテク機器、SNSの普及によってさまざまなことが便利になった反面、影響力の大きさや弊害を懸念する人もいる。それでも、「今後、テクノロジーがその影響力を加速度的に増大させていくことは避けられない」と、WIRED誌創刊編集長で、テクノロジー界の思想家的存在であるケヴィン・ケリー氏は言う。
同氏は7月23日発売の『〈インターネット〉の次に来るもの ~未来を決める12の法則(原題はThe Inevitable)』で、人工知能(AI)やヴァーチャル・リアリティ(VR)など今後30年間に起こる、12の不可避な(inevitable)テクノロジーの潮流をまとめた。そこにあるのは避けられないトレンドにおびえ、逆らうよりは、徹底的に利用することで、その人にとっても新たな未来が開けるという前向きなメッセージだ。テクノロジーの驚異的な進化に人間はどう向き合っていくべきか。ケリー氏に聞いた。
そもそもこの本を書いたのは、多くの人が未来に対して恐怖感を抱いていると感じたからだ。そういう映画も多いし、ハイテク業界にはAIの脅威について語る人も少なくない。iPhoneのロック解除をめぐる米政府とアップルの争いをみて、トラッキングされることに嫌悪感を抱いた人もいるだろう。多くの人が未来を悲観しているからこそ、楽観的かつ違う見方を提示したいと思ったんだ。
特にAIは将来においてだけでなく、有史において最も影響の大きい技術革新になるだろう。産業革命よりはるかに、私たちの生活のすべての面において多大な影響を及ぼすことになる。今、この部屋の外に見えるビルや工場、クルマ、すべては建設機械など人工的なパワーを利用して作られたものだ。そしてこれからは、その人工的なパワーに人工的なマインドを「足す」ことができるわけだ。
50年後もここから見る景色はさほど変わらないかもしれないが、私たち自身の感覚や生き方、働き方は大きく変わっているだろう。街には自動運転車が走り回り、クルマの中がオフィスになっているかもしれない。150年前の産業革命で起きた以上に大きな変化が、AIによってもたらされることになる。
今はAIの真価を認められないかもしれないが、私たちの孫世代は私たちが想像もつかないような仕事をしているだろう。AIが安価で使いやすくなるにつれて、新たな仕事やチャンスがどんどん増えてくる。人類が過去に人工的パワーを手にしたことと同じような変化が、人工的マインドを利用することによって訪れるのだから、本当に大きな変化だ。
AIは新たな仕事をもたらすのだから、活用しない手はない。私たちが需要があるとは思っていなかったような、新たな仕事ができるはずだ。「仕事」と一言でいっても、それにはいろいろ作業があって、中にはルティーン的なものもある。そういう作業の中で効率性や生産性が求められるものは、AIやロボットがやることになるだろう。
残った仕事――たとえば、調査や実験、新しいことへの挑戦、疑問を持つこと、イノベーションを必要とすること――は本質的に非効率な作業でAIやロボットが得意とすることではない。私たちがやるのはそうした作業だが、こうした作業もまた効率化すればロボットに渡す、という繰り返しになる。
つまり、AIによって私たちの仕事は「再定義」される。その結果、私たちの仕事が丸ごと奪われるのではなく、一部の作業をAIがやることになるわけだ。たとえば、モーターは私たちの「敵」ではなく、むしろ私たちはモーターを使うことで新たな仕事を創出してきた。それと同じで、AIからは奪われるものより得るもののほうが多い。
テクノロジーは決して使うのを禁止したり違法にしたりするべきものではなく、使い倒すことによって初めてその弊害を最小限に抑え、人間にメリットをもたらすことができる。その正体がわからないうちから禁止するのは大きな間違いだ。
たとえば、SNSが誕生してからまだ数千日程度しか経っていない。SNSの利用が私たちの生活やマインドにどんな影響を及ぼすかを検証するには、数世代規模の検証が必要だ。どんな技術でも徹底的に使うことでしか、(自主的な)規制を促すことはできない。使う前から「メリットがなければ使わない」と決めつけるのは間違いだ。メリットやデメリットは使わないとわからないし、使ってみることでそのメリットを最大化し、デメリットを最小化できる。
この本にはグーグルがまだ小さな検索会社だった頃、創業者のラリー・ペイジ氏が僕らが本当に作っているのはAIだと発言したことにケヴィンさんが驚いた、というエピソードが出てきます。今でもAIではグーグルがリードしていますか。
そう思う。最近もグーグルが「ディープマインド」のAI技術を使ってデーターセンターのエネルギー消費量を40%も削減したというニュースが出ていたが、彼らはすでに自社事業の効率化を進めるためにAIを活用している。サーバーのエネルギー消費量は膨大なので、40%も減らしたというのはものすごいことだ。そういう意味では、グーグルは抜きん出ている。
それから、中国の百度とアマゾンも頑張っている。アマゾンは商品を薦める機能にAIを使っているが、将来的にはほとんどのAIは私たちが気がつかないところで活用されるだろう。個人では「Siri」のようにこちらが話したことに答える「会話型」のAIの活用が増えるだろうが、家庭やオフィス、工場などでは電力と同じ要領でAIが使われるようになるはずだ。
グーグルの場合は、ほかの企業より膨大なデータを持っているということも強みですよね。
現在のAIは機械学習の手法を用いており、機能向上にはより多くのトレーニングを積まないといけない。かつては数千例程度の学習で十分だと思われていたが、最近では数百万例ぐらいないとダメだということがわかってきた。そういう意味で、グーグル、アマゾン、マイクロソフト、百度といった企業にはメリットがある。ちなみに、幼児が犬と猫との違いを認識するのに必要なのはわずか12例のみだ。人間並みとは言わないが、そうとう少ないサンプル数でAIを学習させるような技術が出てくれば、それはまさに破壊的技術になるだろう。そういう技術が出てくれば、グーグルもアマゾンも吹っ飛ぶ。
全編にわたってグーグルやフェイスブック、アマゾンといった企業の名が何度も出てきますが、将来的にもこうした企業がハイテク業界をリードしていくのでしょうか。
30年後にそれはありえない。ネットの世界でも、ある製品やサービスが広がるにつれ、ユーザーへの魅力度が増し、さらにユーザーが増えるというネットワーク効果(ユーザーの拡大に伴って、製品やサービスの効用や価値が向上する)が発生し、勝ち組が一気に成長するということは起きる。
しかし、かつてのマイクロソフトのように勝者がモノやサービスの価格を釣り上げることはできず、デジタル世界では価格は限りなく無料に近いレベルに下がっていく。同時にこうした勝ち組のプラットフォームを利用する周辺企業が潤うエコシステムも構築される。ところが、こうしたデジタルモノポリストは非常に短命で、成長スピードも著しく速いが、廃れるのもあっという間だ。
かつてマイクロソフトはモノポリストだったが、グーグルに取って代わられた。そのグーグルにも今やフェイスブックというライバルがいる。グーグルやマイクロソフト、アマゾンやIBMがなくなることはないだろうが、グーグルが30年後も業界のリーダーであり続けるとは思わない。今後はVRが非常に巨大なプラットフォームになるだろう。VR企業が集められるデータの数も膨大で、今後はこの分野の企業が台頭してくるのではないか。
なぜ多くの投資家たちがマジックリープのような企業に何十億ドルも投資するのか。それはハードウエアがすごいからではなく、VRというこれからすさまじい成長が見込まれるプラットフォームを構築していて、その上に新たなエコシステムが誕生すると考えているからだ。マジックリープがその主役になるかわからないが、グーグルより巨大な企業になる可能性を秘めている。
――AIをめぐっては、「シンギュラリティ(技術的特異点)」を恐れる向きがありますが、ケヴィンさんはこの考え方に否定的です。
シンギュラリティについては前著(『テクニウムーーテクノロジーはどこへ向かうのか』)で書いているので今回の著書ではあまり触れていないが、シンギュラリティにはソフトバージョンとハードバージョンがあると考えている。ハードバージョンはAI自身がよりスマートなAIを作れるようになり、それが繰り返されることでついに人間を超えるというものだ。この「超AI」は私たちが直面しているすべての問題を解決できる「神」のような存在だ。
このバージョンを信じている人は、2045年にシンギュラリティが起これば「不死」になると考えていて、一生懸命サプリや薬を飲んでそこまで生き延びようとしている。
私が、ハードバージョンが間違っていると思う理由のひとつは、人間より優れた知能を持つものが出てくるというコンセプト自体に本質的な問題があることだ。人間の知能はIQだけでなく、複数の要素から構成されている。人間のIQが100で、AIのIQが105だからといって、AIのほうが、知能が高いとは言えない。
人間の知能は、演繹的推論や空間的推論、感情的知能指数(EQ)、象徴概念などさまざまな要素から成り立っており、音楽で言えば、いろいろな楽器がそれぞれ違う曲を演奏しているようなものだ。しかもそれは、人によってそれぞれ異なる。
今でもすでに電卓やGPSは人間よりスマートだが、それはある特定の分野に限っての話だ。これからも人よりスマートなものはたくさん出現するだろうが、人間のようにすべての知能がセットになった存在が出てくることはない。人間の知能はそれぞれで異なり、人の数だけ違う知能が存在する。実際のところ、私たちは知能とはいったい何かということについて知らないも同然だ。
――知能についての研究が必要ですね。
知能を測る何らかの科学的測量が必要だろう。AIは人間とは違う発想をするので、知能に対する別のアプローチを考えることができ、それを基に科学的測量法を考えつくことができるのではないか。人間の知能を知るには、これまでとはまったく別の発想やアプローチ、知能が必要だ。AIの最大の利点は、人間の知能とはいったい何なのかをようやく究明できるようになることだ。人間の脳で実験をすることは容易ではないが、人工の脳を使っていろいろな実験ができる。
――それによってようやく人間が何に秀でているかわかるようになると。
ただそれには何世紀もの時間がかかるだろう。私たちの脳が発達するのに40億年もかかったことを考えると、20年やそこらで究明できるとは思えない。