Educational Practices
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美術教育について
アーティスト・彫刻家・美術家である自分が、教育と研究の立場において重視することは「体性感覚」と「社会を捉える眼」です。
体性感覚とは触覚や圧覚、位置・動き・力の感覚などのことです。例えば、乳児が手を伸ばして母親の顔を触れる時、他者の存在を知り、自分の腕の長さを知ることから、人間の空間認識能力は自分の体性感覚を通して経験によって養われるものであり後天的なものです。また、社会において、新たな未来を構想しながらも個人としての表現に基づき創造・実践といった活動を展開するためには、現代社会を多角的に把握する眼を持つ必要があると考えています。その為には2つの眼、すなわち普遍的様相を捉える観察眼と、自らを観測点とした主観です。
身体を通した行為から対象を深く捉える観察眼と、独創性の下支えとなる主観的物差し(スケール)、一般性と独創性その両方の観点から社会を捉えようとする眼は、諸環境においての様々な課題に対して、アート的思考/機能から得た特殊性の視座だからこそ、社会全体を特異点から俯瞰できると考えます。その感覚を自ら感受できることが、アートを通じて社会を学ぶスタートだと思っています。そういう意味では、教員主導のお題としての学びというよりも、自分自身の内発的動機に基づいて学ぶ。そのような志向性を知るきっかけをアート・カリキュラムを通して伝えること、そのような立ち位置で取り組んでいます。
教育方法の実践例
(1)熊本デザイン専門学校における総合デザイン論の実施
(概要)総合デザイン論では、デザインに関わる様々な活動をしている人々をゲストとするカリキュラムとなっており、その一人として授業を担当している。授業内容は「INDEX-WORKS -彫刻制作を通して見えるもの-」と題し、彫刻概論から彫刻と社会の関わりまでを自身の活動を交えながらプレゼンし、アート思考やアーティスト活動の実態に触れることで幅広い視野を涵養できるよう組み立てた講義である。
(2)崇城大学における木彫実習の実施
(概要)木彫実習は、木彫の材料である原木の買い付けから人間の手による重量物の移動・運搬の実践、木という素材の持つ要素・特性と向き合う中で木彫の基本的な技術を知り、対象から得る視覚情報と手接触を通した身体感覚を一致させ体性感覚を身に付けることにより、汎用的造形力・表現力を体得し、各自の表現活動に生かすことのできる能力を養うことを目的とした実習である。また、私が招聘作家として滞在制作を行った「第19回那須野が原国際芸術シンポジウムin大田原」では、各国から招聘されたアーティストたちが集まる制作現場からのオンライン授業とした。実際に作家活動を行っているアーティストの姿を目の当たりにすることで、大学外のアートの現状を知り、社会に根ざしたアート活動の現場と表現の多様性に触れる機会としたYouTubeLive講義を行った。
(3)崇城大学における共通立体実習(彫刻)の実施
(概要)共通立体実習(彫刻)は、彫刻専攻以外の学生も対象にした立体造形の基礎を学ぶカリキュラムである。人体の頭部をモデルとし、粘土による制作(塑造)を通して観察力を実践的に養うことを目的とする。日常生活の中では、実空間の垂直水平を正確に捉える眼は無自覚であることが多いため、意識的に対象を捉える眼を実感することが基礎的な彫刻的視野と観察力の養成に結び付く。観察対象の幾何的認知から座標(空間・位置・ボリューム)を把握し、座標の異なる位置に存在する粘土に立体形象として転換することで、客観的な空間把握能力を知り、認知機能・身体感覚の向上と、フィジカルなアウトプットの能力を高めるものである。
(4)崇城大学における視覚造形演習ⅡAの実施
(概要)視覚造形演習ⅡAは、視覚芸術コースの学生を対象とした立体造形の基礎を学ぶカリキュラムである。造形素材の扱い方としてPLA樹脂(3Dアートペン)を用いた空中立体ドローイング、シリコンを用いた型取り、石膏のキャスティングとカービング、木材彫刻では自由な着想を立体形象に置き換える手法として角材を用いた寄木造りによる幾何学的量塊配分と、鑿と鋸による木彫り作業を通しカービング技法を実践することで造形の基礎を習得することを目的とする。
(5)崇城大学における視覚造形演習ⅢBの実施
(概要)視覚造形演習ⅢBは、視覚芸術コースの学生を対象とした造形の基礎及び応用を学ぶカリキュラムである。作品制作では各自撮影した写真や画像をデジタル処理し、木板やキャンバスにデカルコマニー(転写技法)することで、新たな作品表現として再構成していく。また、ドローイングやモノタイプ(版画)の技法を重ねることで、物質的なレイヤー構造を平面上に構成していく。転写された多数の画像を一つの作品として組み合わせ、展示を想定した空間構成の課題に取り組むことにより、画像1枚の表現に現れる各論的な作品コンセプトから意識的に距離を置き、個人総体としての表現・アイデンティティを客観的に認識することを目的とする。演習の後半では作品課題を各学生自身が設定し作品制作を行う。学生との対話を通して内発的動機からの表現行為を作品化するプロセス、動機の認知→表現の言語化→視覚化(作品制作)へ向けてのアシスト(動機のカウンセリングと表現に適したメディアや技法の提案)をすることで、自己の動機に基づいた能動的課題とミッションの設定を実践的に身に付けることを目的とする。
(6)崇城大学におけるコンピューター演習の実施
(概要)コンピューター演習は、模擬的にセルフ(自分自身)で自分自身の展覧会(個展)をディレクション(制作・進行・管理)することで、アート・ワールドの構造や表現活動におけるプロジェクトの流れと全体像を把握する。汎用的技能の習得として、Word・Photoshop・Illustrator等のアプリケーションソフトを使用し、デジタル及び紙媒体への出力・印刷データの作成方法を習得することを目的とする。各授業の冒頭では、演習の導入としてミニ講義を展開する。講義では、①「デジタルアプリケーションの基礎知識」と、②「アートの語源と歴史を概観しつつ、現代におけるアートの多面的展開」について論じる。①では、既存の様々なアプリケーションの機能を概観しつつ、今後加速度的に広がるであろうコンテンツ生成AIといった人工知能を操作するためのプロンプト・エンジニアリング(AIの思考を助け、必要な情報を取り出すための手法)の基本的構造と、これからのデジタルコンテンツ作成に必要な能力が、「自分が習得した職能的なスキル」と「職能や経験さえなくとも、言語モデルを用いてAIに発動させる魔術的なスキル」の二つに変化しつつある現状についても触れる。②では、表現活動におけるアーティスト・ステートメントの作成に必要なキーワードの概念に触れつつ、現代におけるアートの現場と理論、様々なアートマーケットや二次創作の扱い方(著作権)などについても実例を元に論じる。これらは実践として応用できる知見と横断的な視野を涵養することを目的とする。
(7)崇城大学における学外活動の実施
(概要)私が制作協力(生立木群への仏像33体の彫刻制作および保守委託、つなぎ美術館/熊本)を請け負っている熊本県芦北郡津奈木町のパブリックアート《達仏》の公開メンテナンス作業に学生が参加、メンテナンスのプロセスだけではなく、つなぎ美術館や津奈木町役場といった自治体との交流など、地域課題を知るフィールドワークの場に携わる機会を提供している。(2019年5月~現在)
Written by MORI Hideaki
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