2019年9月6日〜9日オランダ・ドイツにおけるグリーンインフラストラクチャー視察
・メンバー
一ノ瀬友博・井本郁子・三輪隆
研究会以外の参加者
中村太士・西廣淳・佐々木恵子
報告(佐々木恵子)
Green infrastructure(以下グリーンインフラ)は、自然環境を基盤としたインフラを意味する言葉で、土木技術で自然を制するグレイインフラに対極するアプローチ手法として新たに注目されるようになった。グリーンインフラの優れている点として多機能性(自然環境、防災・減災、健康・福祉、経済・雇用、景観・文化、食料・エネルギー、交通、コミュニティ形成)が挙げられ、持続可能な社会を実現するための自然資本のインフラとして、欧米を中心に数多くの事例が存在する。特にオランダは、国土面積を干拓によって広げてきた経緯から国土の四分の一が海面より低く、歴史的に水との戦いを繰り広げてきた。これまで培ってきたダム、堤防、可動堰、水門など多様な治水土木技術と組み合わせて、近年では「ビルディング・ウィズ・ネイチャー」と呼ばれる自然のプロセスを活かした自然共生型の土木建築事業が展開されている。ドイツはNature2000に代表される生息地のネットワーク化を古くから取り組んでおり、これまで蓄積してきた自然資本をグリーンインフラとして位置づけ、災害時にレジリエンスを発揮できるような国土づくりを推進している。急速な人口減少、超高齢化を迎えつつ今後の気候変動に対応しなければならない日本にとって、自然資本の基盤となるグリーンインフラに取り組むことは必要不可欠であり、こうした海外の先進事例を学ぶことは重要である。
2019年9月6日から9日にかけて、オランダ・ドイツのグリーンインフラ事業を視察した(図1)。視察の行程は表1の通りである。まずはオランダの西海岸に始まり、自然の働きをうまく活かした高潮による水害対策が施された養浜事業、東に移動しながら市街地近郊や住宅地での自然共生型の治水事業を見て回った。その後ドイツの北西部まで足をのばし、産業都市から生態都市への転換を果たしたIBAエムシャーパークプロジェクトのサイトをいくつか視察した。最後に、ドイツの自転車都市として知られるミュンスター市において、緑の基本計画や現在進行中のグリーンインフラ事業についてヒアリングを行った。今回の視察に参加したのは、一ノ瀬友博(慶應義塾大学環境情報学部)、井本郁子(NPO法人地域自然情報ネットワーク)、佐々木恵子(慶應義塾大学政策・メディア研究科)、中村太士(北海道大学大学院森林生態系管理学)、西廣淳(国立環境研究所気候変動適応センター)、三輪隆(株式会社竹中工務店)の6名である。
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図1 視察したグリーンインフラ事業の位置
表1 オランダ・ドイツにおけるグリーンインフラの視察行程。太字は、次のページで紹介。
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今回視察したグリーンインフラの事例紹介:
【The Sand Motorプロジェクト】
https://gyazo.com/995df77464fa7dcc7e4bdbd1fb4ea180
「ビルディング・ウィズ・ネイチャー」の考え方が取り入れられた養浜事業。地盤沈下と海面上昇から海岸線を守るために、通常の養浜事業の20年分の砂を一度に投入し、風や潮流の働きで徐々に海岸沿いに広がって砂を供給し続ける仕組み。これにより、養浜工事による直接ダメージを減らすだけでなく、レクリエーション機能もついて地元の経済や社会へ好影響を与えることができた。
【サステナブル実験都市ニュータウンAmersfoort住宅地】
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元からあった水辺を生かし、水辺空間に開いた住宅計画。街区内で発生した水は全て街区内で処理するクローズドシステムを開発した。地下水位低下防止のため、中央部の池に雨水を集め貯水している。外から使用された農業用水が混入することがなく、人工的に溜池の水を浄化する必要がないため、そこに投入されるエネルギーの無駄がない。また、車利用を抑制するような道路計画で、徒歩や自転車による移動を促す仕組みになっている。
【Room for the River事業(Waal川)】
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河川分野で自然との共生を試みた事業が「ルーム・フォー・ザ・リバー」で、オランダ全土三四箇所で実施された。災害時に堤防が決壊したときのリスクを考慮し、堤防を嵩上げするのではなく、川幅を拡幅して河川のための空間を増やすという従来とは正反対のアプローチを取った。特にナイメーヘン市では、ボトムアップ型の計画が策定され、自然再生やレクリエーション空間の創出など地元住民に支持される整備のあり方を示した。
【IBAエムシャーパークプロジェクト(Duisburg-Nord景観公園)】
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荒廃したルール地方の重化学工業地帯をグリーンインフラで地域再生したIBAエムシャーパークプロジェクトの代表事例。立坑採掘工場、コ ークス製造所、鉄精錬所の産業遺産で、現在では各緑地帯の核となる公園となっている。こうした工場施設は各種のレクレーション施設、展示・イベ ント施設として再利用されており、地域の重要な観光資源となっている。
【ミュンスター市ヒアリング】
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ミュンスター市の都市計画課と都市排水計画課の3名から、市の緑地計画や現在進行中の環境共生型住宅建設プロジェクトについて話をヒアリングを行った。緑地計画では生息地のネットワーク化、風の通り道によるヒートアイランド現象の緩和、レクリエーション空間の確保、住宅地整備については街区内で発生した水は街区内で処理するクローズドシステムの開発手法についてご紹介いただいた。
まとめ
今回視察したグリーンインフラ事業は、生態的理論に基づき、自然の作用をうまく既存の土木技術や自然資本(生息地などのネットワーク)と組み合わせながら、環境共生時代の先駆けになるものだった。中でもビルディング・ウィズ・ネイチャーは、自然の働きをうまく活かしながら、自然の力で成長していくための生態的構造の理解と整備にはたくさんの工夫が施されており、参加者間で活発な議論が行われた。最後に、従来のような、自然と人間の活動空間を切り離して整備する事業はほとんどなく、平時にはレクリエーション空間として賑わっており、経済・雇用、健康・福祉分野への効果も見られたことを特記しておきたい。