07
学校での彼女は思慮分別があって特筆すべきハプニングもなく穏やかに過ごせた。都合のいいことに隣の席は休みだったので、今日一日だけそこに座らせてもらうことにした。
休み時間のことである。
「春眠暁を覚えず」
いつの間にか背後からすっと現れた友人は、今日も変わらない低血圧な様子だった。
「いきなりどしたん」
「いやさ、どうしても漢文は好きになれない。漢字が苦手なのかも」
「それとさっきのやつと一体何の関係があるんだ」
しかも次はその苦手な漢文の授業だぞ。
「俺が唯一諳んじることのできる、漢文の一節だ。これだけは覚えてる」
「引き出しが少ないことよ」
かくいう僕も、あとは四字熟語くらいの知識しかないが。
「そんなことよりも俺は、最近キルケゴールにハマっている。俺のことは、斎藤キルケゴールとでも読んでくれ。今度批評本を執筆するよ」
「それ文芸部のペンネームか?」
彼は文芸部である。次期副部長と名高い。
「そうだ。今までは乙杯尾石というペンネームだったが、もう捨てることにする。そうだちょうどいい、お前にあげよう」
「いらないいらない。第一僕は執筆なんかしないよ」
それにもらった所で、エロゲーシナリオライターと勘違いされそうだ。
「お前、創作は青春の友だぞ。こっ恥ずかしいアウトプットを肴にして、おっさんになったら語り合おうじゃないか」
「黒歴史を作りだせというのか」
「ひいては大学受験にも役に立つ。小論文を書く時にも役に立つ。文才はなくとも、文章力を磨いておくことに損はないから、何か書いてみたらどうだ」
「うーむ」
「ちなみに、俺はお前の文章に興味がある」
「え」
わが友はこほんと咳払いをすると、背中に隠し持っていた教科書を僕に見せてきた。
「さて本題なんだが、リーディングの訳を見せてくれ頼む」
絡んで来たのはこれが目的か。