06
意気込んでやりたいことをやろうと思い立ったものの、重篤な五月病患者であることをすっかり忘れていた僕は、自分が今やりたいことなどないという真実にたどり着くまでに一晩要した。
いつの間にか僕の布団に潜り込んでいた五月少女をどかしつつ、そういえば父さんも見えないんだよなと思いながら納豆とスクランブルエッグの香る朝飯を食べた。五月少女は学校に行く直前まで寝ていた。
家を出て駅に向かう途中で僕は話を切り出した。
「ごめん、やりたいことの話なんだけどさ」
「何か見つかりましたか?」
「それがねぇ、やっぱり何もやりたくないんだわ」
「えっ、昨晩あんなにノリノリだったのに」
「いやあ、僕もひとつやふたつ思いつくかなと思ったんだけど、特にないんだよねこれが」
「そんなあ」
「確かに僕は重篤な五月病なのかもしれない。いやー参った参った」
爽やかな笑みで僕は五月少女を見た。彼女は不満気に口を尖らせていた。
「それじゃあ私、何のために現れてきたかわからないじゃないですか。存在を否定されたも同然です」
「何もそこまで言ってないよ」
「どうやら本気で励まさないといけないようですね」
「なんか申し訳ない」
「ていうか、そもそも何でそんなにポジティブなんですか? さては貴方、本当は五月病患者じゃないんですね」
「でも僕には君がしっかりと見えるし、巻物もちゃんと持ってる。多分重篤なレベルになると、一周して自分が憂鬱なのかそうじゃないのかもわからなくなるんじゃないかな」
「そんなのってありますか。私はもっと内なる悲痛な叫びを吐き出させて楽にさせるような、そんなドラマちっくな展開を期待していたのですが」
「そういうことはないと思うよ多分」
僕は坂道を歩きながら、五月の背伸びした青空を見上げた。この坂を登りきればもうじき駅に着く。
「どうしたらよいのでしょう……」
「どうしたもんかねぇ」
言葉だけ返して何も考えずに、僕は彼女の歩調に合わせておいた。