01
最近ふと嫌な気持ちになることがある。
「はぁ……」
例えばこうやってため息をついて、空を見上げるとする。
途端に誰かが指さしてこういうだろう。
『主人公気取ってんじゃねーよ』
別に主人公気取ってねーよ、と言ってやりたいくらいに僕は主人公キャラではない。まずそもそも見ろ、周りに美少女が一人もいない。そしてここは小さな村でもなければ近未来の教室でもない。ただの屋上である。
屋上。屋上といえば、物語が交差する異次元スポットとして全国的に有名である。
普通入れないじゃん、その時点で主人公補正かかってるじゃんと言う声が数多聞こえる。しかし今は先生同伴の元、ただついてきているだけだ。
「あー暑っつい、これじゃあ日に焼けちゃうね」
「そうですねぇ」
先生は薄汚れた白衣をまとって爽やかな微笑をたたえている。僕は素直に目を細めていた。
「どれどれ今日はどんな感じかなぁ」
先生はひょいひょいっと跳ねるように近づいていった。そこには天に向かって大きく葉を広げるガジュマルがあった。
「いい感じいい感じ、ほら見てみ? 三ミリ伸びた」
「素晴らしい成長ですね」
「書き留めて」
「今やってます」
僕はガジュマル成長記録に三ミリ伸びたと記入した後、ピカソも吹き出すような拙い画力でもってガジュマルの姿をスケッチした。
先生が覗き込む。
「ねぇ、もうちょっと上手くかけないの? これじゃあモスラが一本の糸で吊られてるみたいじゃん。千羽モスラだよこれ」
「僕には画力というものがないんで」
「じゃあ努力しなさい。毎日好きな女の子のデッサンでもしなさい」
「好きな女の子がいません」
「本当に? 高校生なのに? 男子なのに?」
先生は目を丸くした。そして速やかに何かを悟ったようで、先生は納得がいったように深くうなづいた。
「別にそういうのが悪いとはいわない。先生が悪かった。理解がなかった」
「勘違いも甚だしいですが、僕はホモじゃありませんよ」
「あ、違うの? そういうことじゃないんだ。……違うんだ」
何故か先生は目を伏せた。やめていただきたいこんなくそ暑い中で。
僕はある程度書き留めると踵を返して扉の方へと向かった。早く日陰に入りたい。先生も後からついてくる。
「どんな男の子がタイプなの?」
「いや男に興味ありませんって」
「あ、ごめん。女の子」
「健気で一途で面白くていい匂いがしてふわふわしてて僕なしでは生きてけなくて適度に嫉妬して少し抜けてて髪は黒くて長くて声が可愛い女の子がタイプです」
僕は階段を降り切ると、そのまま部室の方へと向かった。先生が横に並んできた。
「贅沢だねぇ。それ探し当てるの難しいんじゃないの?」
「そうなんですよ……。なかなか見つからなくて」
僕は廊下を歩きながらまたもため息をついた。
「茶道部の部長さんとか、可愛いじゃない?」
「あの人は軽音部の副部長と付き合ってます」
「金曜日担当の図書委員ちゃんは?」
「あの人はメンヘラで有名なんで」
「演劇部の女の子は?」
「あの人は同じ演劇部に二人もロミオを作ってますよ」
「同じクラスの、あの一番頭いい娘は?」
「あの人は……可愛いですけど、もう誰かと付き合ってるでしょう」
確かにあの人は可愛かった。しかしながら僕には、そこはかとない「誰かの女」臭が感じ取れてならない。きっとそのカレシにしか見せないとっておきのスペシャルな笑顔が彼女にはあるはずだ。
考えたらひどく腹がたってきた。
「情けないなぁ、ぐいぐいいっちゃえばいいのに。減るもんじゃなし」
「今のご時世、どんな形でセクハラと訴えれれてもおかしくはありません。僕は遠慮しておきます」
「そんなんじゃいつまで経っても彼女なんかできないよ」
「わかってます」
財布の小銭入れから部室の鍵を取り出して開け、錆びついた本棚の中からガジュマルファイルを取り出し、今日の記録をファイリングした。最近つけ始めたガジュマル日記は、徐々に厚さを増していた。
「科学部にも、誰か可愛い女の子が入ってくれるといいんだけどね」
「僕ら男子勢が勧誘しても、同性類友が釣れるだけです」
「アイツが勧誘したらもしかしたらグッと増えるかも」
扉の端に寄っかかって先生は言った。アイツとは、同じ部のイギリス人ハーフの奴のことである。
「アイツはイケメンですけど、中身がキモヲタなんで残念な感じになります」
「そうかなぁ」
「仮に釣れたとしても、こんな部活じゃすぐに幽霊化しますよ。先生も先生ですし」
「んなことたあないでしょうよ。先生はこんなにも大人な余裕を醸し出しているというのに」
全身で大人のアピールをしている先生を、僕はちらと見ずにあしらった。
「はいはい冗談は顔だけにしてください」
「教師に向かって何だその態度は」
「いきなりキャラ変わりましたね」
「あ、やばい」
「?」
「小テストの採点するの忘れてたー。だるー」
「先生。可愛い部員のために、点数かさ増しでお願いします」
「無理かなーニッコリ」
先生は「ほいじゃあ」と手のひらを見せると、軽やかに部室を去っていった。僕は「お疲れ様です」と返したあと、適当に辺りを片付けて部室を出た。