書評:都市のくらしと野生動物の未来
著者: 高槻成紀
出版社など: 岩波ジュニア新書 972、2023年7月発行、940円(本体価格)、208ページ
2023年。これほどたくさんクマのニュースがとり上げられたのは、日本のマスコミ史でも初めてだったのではないだろうか。そして、あなたはそのニュースをみながら何を考えたろうか。
本書は、たとえば「クマがあんな街中にも出た」、「クマ対応で行政はこんな苦労をしている」、「とにかくあなたも気をつけて!」といった恐くてやっかいなクマ像中心のニュースを目にして違和感を感じているあなたに、オススメしたい本。
都市人口の地球規模での増加が広くしられるようになって久しい。都市にくらすということは、夕飯で食べる牛肉の生産過程をほぼ意識せず生活できるということである。自分のウンチがトイレでジャーっと流されたあとの行く先などしらなくていい。都市人が社会の超多数派になることが、私たちの好きな鳥やニュースでみたクマの未来にどう関係するのか。それが、本書をとおして語られるテーマのひとつである。
1章「東京のタヌキ」は、玉川上水など都市林を舞台にした、タヌキや糞虫などをめぐるなぞ解きのお話し。長く生態学に携わってこられた著者が、今も少年のような好奇心を大切にしている様子が垣間見られる導入部である。なぞ解きをとおし、都市にくらす生きものたちも他の生きものと関係しながら生きている姿がみえてくる。
2章「昭和という時代」では1950ー60年代の農村と地方都市にくらす人たちをとりまく環境が目もくらむ勢いで変化したこと、つづく3章「都市と人のくらし」ではトイレを糸口にして明治から現代にかけての日本人の生活が生態学の視点からみて大きく様変わりしたことが、分かりやすく書かれている。とくに2章は圧巻。著者の中学時代までの日々の物がたりをとおして、この時代の日本人の日常が淡々と簡潔に、かつ惹きこまれる文章で描かれている。
これほどまでに日本人の生活と日本の自然は大きく変わっていたのか。そう思いながら4章「都市と野生動物」をよみはじめると、著者はいよいよ都市の野生動物問題へ踏みこんで行く。たとえば、足立区と立川市に現われた雄ジカを警察が捕獲、加害獣のため殺処分の可能性ありというニュースに「シカを殺さないで」という電話が区役所に殺到したというエピソードを紹介したあと、著者は分かりやすいことばでこの問題を分析し、明確な意見を述べている。
そして最終章「みなさんと生きものの未来」。都市にくらす私たちが、他の生きものとの繋りを実感できるようになるにはどうすればいいのか。その方策として、著者は生きものの観察者であることの大切さを上げている。そのアプローチとして、生きものどうしの関係を科学する生態学の役割あるいは醍醐味が強調されている。
これは私も胸を張っていえることだが、生きものの世界はほんとうにすばらしい。生きものの関係のなぞ解きをつづけていると、何10年たっても新しい発見がある。分かったつもりだったしくみの上の階層を担う大きな秩序を垣間みられる。日々、生きものに対する小さな驚きと畏敬の念を育てていれば、予測不可能にも思えるこの世界で出会う問題を不必要に怖がりすぎず、自分の手で解決策をみつけられるようになる。
本書は、そういう姿勢を大切にしてきた著者からの叱咤激励の入った作品である。
(Dec 13, 2023)