日本鳥学会大会2024ミニシンポジウム報告
【 大会新企画】ミニシンポジウム: 鳥や生きものたちの多様性と耕作放棄の「多面的」な関係を解きほぐす
藤田 剛1,2
1 日本鳥学会2024年大会実行委員
2 東京大学
はじめに
耕作放棄地の増加は,日本に限らず地球上の様々な地域で大規模に進む環境変化である.日本の森や湖沼などさまざまな生息地の中で,特に大規模な減少が懸念されているのが農地である.その農地減少の主要因のひとつが,農業人口の減少などによって起こる耕作放棄だとされている.日本ではとくに保全活動の現場で放棄地のマイナスの影響だけが注目され,「放棄地=悪者」を前提にした見方が拡がっていると,私たちは捉えている.
しかし,放棄地はすべての生きものに対して,すべての場所と季節で,そしてすべての歴史的時間の流れを通して悪者として君臨しつづけている訳ではない.放棄地が人を含めた生きものにとって「正義の味方」になる場合もある.こうした放棄地のもつ機能の多面性を踏まえた上で,農地景観での人と生きものの関係づくりを進めることが大切ではないか.これが,ミニシンポジウムのタイトルに込めた私たちの想いである.ちょっと長いタイトルではあるけれど(笑).
シンポジウム本番では触れなかったが,鳥学会の大会で耕作放棄問題を取り上げた理由をここで補足したい.鳥は空を飛べる.この移動能力の高さが関係して日々の移動範囲,行動圏は放棄地ひとつだけでなく,周囲の農地や小川,雑木林や植林など複数の景観要素にまたがることが多い.モザイク状の農地景観で耕作放棄が進む時,複数の景観要素を利用する動物への影響予測が難しくなる場合がある.たとえば放棄地と田んぼの両方を必要とする種がいる場合,田んぼが極端に減少し放棄地しか利用できなくなった景観では生息密度は減少するが,それ以外の景観では放棄地増加の影響が顕在化しないことも予想できる.つまり,一見放棄地増加の影響を受けないように見えた種が,ある段階で一気に減少する可能性がある.生きものの生息地を保全する際,放棄地や田んぼなど特定の生息地だけでなく,それらの組み合わせである景観での保全策のデザインが重要となる.こうした景観スケールでの保全活動の大切さをより多くの人たちに理解してもらう題材として鳥を対象とする研究は大切な役割を担うと,私は予想している.
講演内容
シンポジスト三人のお話は,中心になる題材の地理的拡がりだけを見ると「世界→日本→千葉県印旛沼流域」とだんだん狭くなるが,紹介される研究テーマや保全プロジェクトの掘り下げ方の深さ,そして見据えている可能性の拡がりはそうではない.
a)世界の研究事例を通じて見る日本の耕作放棄
片山直樹(大会実行委員,農研機構)
最初のシンポジスト,共同企画者の片山さんのお話は,彼らしい一見派手ではない,でも実は明快なメッセージの入った内容.世界の放棄地の影響を科学的根拠で示した研究例を,簡潔に分かりやすく解説してくださった(これだけでも得した気分).地球規模で放棄地が増えている.その変化を野生動物の生息地再生のチャンスととらえる動きもある一方,食料生産の場でもある農地を生きものに優しい形で利用するなんて悠長な話は受け入れられないのではないか,という心配もある.放棄地の影響を地球全体で見ると,農耕の歴史が長いアジアとヨーロッパでは放棄地によるマイナスの影響が報告されているが,それ以外の中南米などでは放棄地によるプラスの影響の報告が多い.また,放棄地のマイナス影響の報告が多いアジアでも,放棄地が常にマイナスの影響を与えるのではなく,放棄地の割合が中程度まではプラスの影響,放棄地の割合がそれより高くなるとマイナスの影響を示すひと山型の関係をもつ可能性が示されている.
b)鳥類にとって重要な耕作放棄地を見つけ出す: 鳥類群集を対象とした全国調査から
北沢宗大(大会実行委員,国立環境研究所)
シンンポジスト二番手の北沢さんのお話では,驚くなかれ彼ひとりで日本中の農地景観を巡りながら進めてきた野外調査の成果が,彼らしい謙虚さでは隠しきれない力強さで紹介された.盛り沢山の内容だが,圧巻はやはり放棄地と田んぼ,周囲の湿原や森にくらす鳥の種数が,地域によって違っていることをクリアに示した結果だろうか.たとえば繁殖期には,北海道や東北など日本の北東部では放棄地で鳥の種数が多いが,九州や四国など日本の南西部では放棄地よりも伝統的な構造の田んぼで種数が多いことを北沢さんは見つけたのだ.
そして,この放棄地の影響の地域差が,各地域に生息する鳥の種組成の違いによって説明できることも示された.具体的には,たとえば繁殖期の北東部ではベニマシコなどの「草原性鳥類」やオオジシギのような「湿原性鳥類」の割合が高く,繁殖期の南西部ではセグロセキレイやキジなどの「裸地性鳥類」やサギ類など「水辺性鳥類」の鳥の割合が高くなっていた.そして「裸地性鳥類」の割合が高いほど,種数減少の程度が大きく,放棄地によるマイナスの影響が強くなっていた.さらに興味深いことに,田んぼ以外の農地割合が高い別の国にもこの傾向が認められた.
この関係を生みだすメカニズムの解明は,今後取り組むべき大切な課題のひとつだと私は考えている.北沢さんたちはこの関係が生じる理由のひとつとして,「裸地性鳥類」および「水辺性鳥類」と耕作農地の結びつきが強いこと,その結びつきはこれらの種が農地開拓以前にそれらの場所に成立していた環境を生息地としていたからではないかと,考えているようだ.
c)耕作放棄地の多面的機能の理解と活用
西廣 淳(国立環境研究所)
「なるほど.世界や日本の中で,放棄地の影響がマイナスだけでなくプラスになる場合もあることは理解できた.でも実際に,大好きな自分たちのフィールドで,あるいは自分たちが頑張って守ろうとしてきた田んぼや雑木林で,放棄地とこれからどうつき合えばいいのだろう?」
シンポジスト三番手の西廣さんは,そういう現場から聞こえてきそうな声に応える流域スケールでの実践的な取り組みを,簡潔かつ刺激的な形で紹介してくださった.まず,耕作放棄と都市開発の両方が進む印旛沼流域を対象にいくつもの野外調査を進め,流域を構成するそれぞれの谷津の機能を生物多様性保全や水質管理,農地維持や防災(治水)などの基準で評価し,「里山グリーンインフラマップ」をつくる.これだけでもスゴイのだが,さらにオープンで緩やかなネットワークをつくり,たくさんのグループや人と情報共有しながら,企業なども巻き込みつつ谷津を利活用している様子が紹介された.
集めたデータに基づいて科学的に明らかにした放棄地の生態学的な機能を踏まえながら,たとえば主に田んぼを復活させる谷津,湿地再生に取り組む谷津,治水の機能を重視する谷津など,場所によって利用する方法を変えている.さまざまな谷津で活き活きと作業するたくさんの人たちと一緒に,ことさら幸せそうに身体を動かす西廣さんの姿が見えるようだった.
まとめ
耕作放棄地は人を含めた生きものにとってマイナスの影響だけでなくプラスの影響をもつ場合もある.この機能の多面性を踏まえた,農地景観を保全する具体的な対策として,西廣さんが紹介した印旛沼流域の取り組みは,恐らく世界でも最先端の活動である.この取り組みは,異なる地域の流域にそのまま応用できるような方法論などの工夫も施されていると私は理解している.加えて,片山さんと北沢さんが紹介した放棄地による影響の地域差に関する研究は,地域差の問題に対処するために役立つ,放棄地の影響の地域差を生み出す生物地理学的,生態学的メカニズム解明の大切な一歩となるだろう.
おわりに: 大会実行委員メッセージ発信の場としてのミニシンポジウム
ミニシンポジウムは,2024年の大会で試した新しい企画のひとつである.そのねらいは,公開シンポジウムよりも小回りの利く自由度の高い小さなシンポジウムを通して大会実行委員メンバーの研究上のメッセージを,比較的気軽に大会参加者へ届ける場をつくること.大会実行委員だからと言って,黒子に徹する必要はない.いやむしろ,もっと積極的にメッセージを発信する場づくりをするべきではないかと,考えている.
実際に,シンポジストの皆さんとの話し合いの内容を踏まえ,講演要旨に載せた内容から発表順や内容を大幅に変えた.私のひとりよがりの可能性もあるが,このミニシンポに参加してくださった皆さんの顔を見て,そしてシンポジウム後に耳にした皆さんの感想を聞いて,この構成にして本当に良かったと実感している.
私の勝手な思いつきを,非常に忙しい身でありながら,ご自身の努力の成果を簡潔かつ分かりやすい形にまとめてくださったシンポジストの皆さん,このミニシンポジウムを聞きにきてくださった皆さん,シンポジウムのあとで「おもしろかったよー!」と声をかけ力づけてくださった皆さん,そして影ながら暖かく応援してくださった実行委員の仲間たちに,心から感謝の意を表したい.
耕作放棄問題は,決してかんたんに解決できる保全課題ではない.しかし,ここで紹介したシンポジストの皆さんやそれ以外にも,農地景観での人の営為も含めた生きものの保全のために人生をかけ,道を拓きつづけている人たちがいる.チャレンジする価値のある魅力的な課題だと,私たちは実感している.その雰囲気が,少しでも皆さんに伝わっていれば,私たちにとってこれほどの喜びはない.
(文責: 藤田 剛)
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