UIの帯域幅
ユーザーとコンピューターとの間で、どのくらいの情報量を並行的に伝達できるかを表す概念。
baku89.iconによる造語です。
⚠ おそらくこの考え方にはもう少しマシな名前がつけられているようにも思えます。Human Computer Interaction 方面で知っている方がいれば、どなたか教えて下さい。またこの項で述べるUIは、スクリーン上に表示される狭義のGUIに加え、キーボードやマウス、液晶タブレットといったハードウェアも含む、入力・出力デバイス全般を指します。 UIは、文字通りユーザーとプログラムとをつなぐ橋渡しの役割を果たしています。UIを介することによって、ユーザーは自身の身体の動きから「量」や「数」をプログラムに伝え、プログラムは出力したデータを人の感覚器官へとフィードバックすることができます。
物理量の畳み込み
このとき、このユーザー入力に具体的にどのような情報がどのくらい含まれているかを考えてみます。例えば昔ながらの1ボタンマウスは、利き手の20近くの関節が生み出す「(X, Y)という2つの連続量」「クリックされたかどうかの真偽値」というわずか3つのパラメーターに畳み込み、画面上のポインタの動きへと対応づけるUIといえます。
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ペンタブレットはここに「筆圧」と「傾き」という 2 つの連続量が加わります。マルチタッチスクリーンの場合は、指の本数だけ (X, Y) の組が増えることになるでしょう。このように考えると、UIデザインは 「人の体の動きからどの成分を抽出し、ソフトウェア上の操作に対応付けをするか」の設計と言えます。そしてUIによって対応付けできる情報量や解像度の高さは、人とソフトウェアをつなぐ回線の帯域の太さのようなものと言えます。
この考え方は、コンピューティングデバイスに限らず、鉛筆、フルート、カンナなど、あらゆる道具に拡張することができます。いわゆるアナログな道具の多くは、マウスやペンタブレットとは比べ物にならないほど多くの情報量を人の体から読み取ることができます。手首のねじりから息遣い、体の重心の高さまで。あまりに鋭敏すぎて、体の震えといった余計なものまでノイズとして拾ってしまうので、使いこなすには練習が必要です。しかし、一度慣れさえすれば、体の動きが紡ぎ出すさまざまな物理量を並行的に道具に伝えることができるので、マウスでポチポチと画面操作するのとは比較にならないほど素早く的確な操作を感覚的に行うことができます。そして道具からも、鉛筆を通して伝わる紙のザラザラ感といった細やかな情報を受取ることができます。
太い道具、狭い道具
デジタルツールとアナログツールの比較論はよく目にしますが、使い勝手をいうならデジタル(離散的)かアナログ(連続的)かはどうでもいいことです。220dpi のピクセルも、2048 段階の筆圧も、人の感覚器の解像度からしてアナログ同然ですから。むしろ道具の使い勝手におけるデジタルとアナログの最大の違いは、このUIの帯域幅にあります。どれだけその道具に体の微細な動きを入力することがき、そこから生まれた結果の微細な変化を五感で感じとることができるか。もちろんいたずらに帯域が太いくても良いというわけでもありません。ここでメリット、デメリットをそれぞれ一度整理してみます。
table:比較表
UI 狭い 広い
例 マウス、ボタン 楽器、絵筆
学習曲線 急 緩やか
操作速度 限界があるのでソフトウェア側で近道を容易する必要がある(ショートカット) 複数のパラメーターを同時に素早く調整できる
入力ノイズ 拾いにくい。寝転がってもまぁ使える 拾いやすい。正しい姿勢で使う必要がある
ニュアンス 明示的に混ぜ込む必要がある。一方で、初心者でも 良くも悪くも勝手に混じる
正確さ 体のブレを無視できるので、比較的正確に入力しやすい 熟練を要する
こうしてみると、製図のようにニュアンスよりも正確さが必要な分野は帯域幅の狭い道具の方が使い勝手が良いように思えます。一方で、書道のようにニュアンスそれ自体が表現の主体となるような分野には、毛筆のように帯域の太いツールが合っていそうです。
一つの作品制作を通しても、その過程ごとに向いているツールの帯域幅は異なります。「アタリを取る」段階では正確性に欠けてでも手早く試行錯誤のできる帯域幅の広いツール、そしてクリーンナップやリファインの段階は帯域幅の狭いツールが適しています。DTM で例えるなら、キーボードで弾いて旋律のアタリを取った後、ピアノロール画面からクォンタイズをかけたり微調整するようなものです。ロゴデザインなら、鉛筆と紙でササッとスケッチしたものを Illustrator とマウスを使ってきれいにトレースする感じでしょうか。最初からベジェツールででネタ出しする人はあまりいないように思えます。このように、アーティストは日々の制作の中で、誰に言われずとも帯域の太さに応じてツールを使い分けています。