無思想
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思想は現実に干渉してはならない…それがいわば逆に思想の実存性となる。だから思想とは、「現実無視の空論」であるしかない。「現実に合う」思想なら、それはただちに「現実化してしまう」からである。たちまち思想じゃなくなってしまう。(p129) 無思想のベースにあるのは「現実」であり、「実体」だ。それを養老は、実感信仰ともいう。(p228)
無思想の思想に依拠する以上は、「現実はこうだ」ということを、極限ではいわば神聖視するしか無い。それが…実感信仰であろう。(p131)
現実はどうなる、とだからそれは感覚世界のことでしょ、と私はいう。概念世界は、要するに無と空で作れてしまう。(p164) 「空」とは脳のことだ、と言っているのだ。思想=脳、つまり、無思想、脳では無いもの=身体=感覚の世界というわけだ。これを図式的に書き直せば、こうなる。
「思想」=脳
「無思想」=脳ではないもの=身体=感覚の世界。(p234)