デルフォイの神託
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デルフォイの神託は全ギリシア世界で信じられ、人々は植民地建設や法典制定、宣戦布告の前などに神託を受けて最終決定を下した。アポロンにささげた神殿、背後の山々を借景にした劇場がある。(p68) 古代ギリシアの人々は、重要な決断(だけではなかったようですが)をする際に神託を重視し、各地にある神託所へと赴きました。有名なのはデルフォイの神託です。その名声が轟くほど、神託を求めて各地から人々が集まるようになる。そうするとデルフォイは情報が集約されるハブとしての役割を果たすようになり、神託の精度も高まっていく。こうして神託が政治的な意味合いを帯びるようになると、各都市国家は重要な政策判断を行う際に、使節団をデルフォイに送るようになります。 各都市から訪れた使者たちは、神託を一言一句違えずに国に持ち帰る必要がありました。トランス状態になった巫女から下された神託がどのような意味を持つのか、議会で解釈するためです。そこで神託は書き記され、情報の伝達媒体としての役割を担うとともに、神託を下す側にも重要な基礎資料として蓄積されるようになりました。これがアーカイブの始まりであり、遠く離れた情報にアクセスしようとする意思を人工物に固着させ、アクセシビリティを高めた最古の事例といえます(注2)。もっといえばこれは、アカウンタビリティ(説明責任)の始まりともいえるのかもしれません。最初のアカウンタビリティは、政治の舞台で下位機関の人たちが上位機関の人たちに対して果たすべきものだったのです。 アーカイブという言葉の語源もまた「統治者の館」を意味するギリシャ語「アルケイオン」からきています(近年はジャック・デリダ著『アーカイブの病』が翻訳された影響で、また別の議論もでてきています)。統治する(法律を作る)者のところには情報が集まってくる。孫子曰く「名君賢将の動きて人に勝ち、成功の衆に出ずるゆえんの者は、先知なり」。古今東西、情報を制する者が全てを制する構造は、21世紀になった今でもあまり変わっていません。