ウイルスとヒトの遺伝子
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辻村伸雄.icon さらに遺伝子を見てみると、人間にとってウイルスの存在がいかに大きいかがいっそう分かります。ヒトゲノムの中で、ヒトの体のパーツを作ることに直接的に関係しているのは、たったの一・五パーセントなんです。一方、人がウイルスに感染したことによってヒトゲノムに組み込れた部分こうしたものをーヒト内在性レトロウイルスと言うんですがー、これは九パーセントもあると言われています。 そうしたウイルス由来の遺伝子の中には、我々の出産を助けるものもあります。たとえば胎児は、母親だけではなく父親由来の遺伝子を持っていますよね。そうした父親由来の遺伝子は母親の体にとっては異物なんです。だから、母体のリンパ球は、自分を守るために胎児を攻撃し、排除しようとする。では、なぜその排除が起こらないのかというと、胎盤では母親の血管と胎児の血管が繋がっていますよね。そこに母親の血管と胎児の血管を隔てる一枚の膜があるんです。その膜は母体から栄養だけを通してリンパ球を通さない仕組みになっている。その膜があるからこそ、胎児は排除されずに母親の胎内で成長することができるんです。この膜を作っているのがウイルス由来の遺伝子なんですね。ウイルスにはエンベロープという膜を持っているものがいるんですが、このエンベロープを作るための遺伝子が哺乳類の胎盤形成を可能にしたと言われています。だから、我々はある意味でウイルスに守られて生まれてきたとも言えるんです。(p311-312)