座右の銘:生きる原理「囃し囃され」
「人は囃し囃され」
間違いなくわたしの一番好きな言葉.何気ない言いだが,深く,そして粋だ.
◎町村文化の真髄
祭りが好きだ.お囃子が好きだ.
近江の三大曳山祭りに数えられる「水口祭り」.その曳山で演奏されるのが水口囃子.
この水口囃子の保存会の初代会長である鵜飼真吾さんが事あるごとに口にしていたという.
「人は囃し囃されやでな」
サラリと言うこの一言こそ,大げさかもしれないが,日本における町村文化の真髄だと私は思う.
◎3つの意味
「囃し囃され」――いくつかの意味を考えてみた.
1. 表の意味:
お囃子は神様への奉納を通じた,人々への応援歌.人はお互いに励まし合って生きて行くもんだ
← これだけでも美味しい.ご飯三杯いける.
2. 形の意味:
押し付けない.サラリと言い流す.
← これぞ粋の極地.
3. 真の意味:
囃子は神事に於いてケガレを祓う.
音は境内だけでなく村中に響き,祓いのエネルギーを伝える.
ケガレを祓うことで積み重なった罪を赦す.
自分の罪,人の罪を許し合う.
← 人が寄り添って生きていく秘訣がここにある.
◎ハレの文化を担う誇り
日本の古の文化は「ケ」と「ハレ」だ.
この「ハレ」を担うのが祭りで,その祭りを盛り上げる華やかな存在がお囃子.
小さい頃から祭囃子を聞いて育つことの幸せ.
子供の時から耳慣れた,ハレのリズムを胸にして,日々の苦しいコツコツした暮らしをしのいでゆく.
ハレがあるからこそケの日常が保たれる.
ケの日々があるからこそハレはハレとして輝く.
そういう「生きるリズム」が,囃子なのだ.
「囃し囃され」はそのリズムの上に成り立つ,生きることへの讃歌.
これこそが「生きた文化」のひとつの姿であろう.
◎町村文化としてのお囃子
お囃子は共同体で共有されるものだ.
祭礼は貴族や武家社会でも多くあるが,お囃子を通じて「ハレ」の気持ちを共有することはない.すべての祭礼は儀礼・儀式として「格式」や「階位」を象徴するものとして存在する.
町民文化でも氏神様への奉納や元服などイニシエーションとしての意味付けはもちろんあるが,それは限られた者だけのものではなく,多くの祭礼は町村全員が参加する形式である.
中でも山車(だし)と呼ばれる車付きの曳山形式の祭礼には,「お囃子」がつきものだ.
祭礼が近づく時期になるとお囃子を稽古する音が方々から聞こえ,それがその村の風物詩,一年の生活のリズムになっている.
宮廷や武家社会では生活の中に祭礼が溶け込むという感覚に乏しい.
お囃子を聞いてウキウキするのは町民文化ならではのものだと思う.
◎没我と利他の精神
「囃し囃され」は利他だけでなく利己だけでもない,相互的な社会のあり方を示す指標でもある.
お囃子は応援歌だ.人の応援をすることは気持ちがいい.
まさに「囃しは人の為ならず」だ.
そして祭りの参加者は,普段の雑事を忘れ,煩悩に囚われず,ただひたすら囃し続ける.
お囃子のリズムはやがて没我――トランス状態に導かれる.没我・無我による精神の浄化.
これは神事における禊や祓いの基本でもある.
応援でもあり,自分の浄化でもあるお囃子を共有体験することにより,村としての絆を強めることに寄与するのである.
◎神を媒体とする粋
お囃子は神事にとっても重要な行為だ.
神事としてのお囃子の,囃す対象は第一に「神」.人はその次だ.
実はこれが「粋」の文化につながるのだと思う.
つまり直接「あなたが大事,あなた頑張れ」と押し付けがましく言いつのるのではなく,
「応援してるのは神様なんだから.あんたはついでなんだから」
っていうツンデレ.
間接的で,少し斜に構えた心の伝達.
少し離れていて押し付けない.
押し付けられないからこそ,自然に湧いてくる感謝の気持ち,人を尊敬する心.
「感謝しろ」って押し付けられれば,はいそうですかありがとう,とはならない.
でも「神様ありがたいよね,ついでにみなさんもお陰様でどうも」ってくらいに言われれば,「なるほどそうですな」となる.
人の心ってそういうもんじゃないでしょうか.
心の媒介になるのが「神」たる存在.
人を超越しているからこそ,わざとらしさ,あざとさを避け,さらりとした言葉で,その心を伝えることができるのだ.
お囃子はそれを象徴する音なのだ.
◎自己肯定を育む
何度も何度も繰り返し繰り返し,神への言葉として響くお囃子.
一人では響かせることのできないお囃子.
それは大きな自己肯定力を育ててくれる.
祭りの中でお囃子を浴びることで,
「自分は囃される価値のある存在だ」
という認識を,何度も何度も浴びせてくれる.
自己肯定は人間が生きる「根っこ」だ.
周りがみんな敵で四面楚歌の境遇に陥ったとしても,自分は自分であっていいのだと肯定する力.
自分は自分でありつづけてよいのだという安心感.
これは人生の生き残り戦略としては,最大の武器だ.
囃し,囃され
以上,「囃し囃され」は愛すべき町民文化の真髄だということの証明,おわり.
あなたのためにしてるんじゃないんだから.
▶▶ 座右の銘:生きる原理「自己肯定」
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2022/10/5