A:狂気の科学者 機兵のスリップキンクス
ゴブリン族の科学者集団「青の手」が、ここらで、怪しげな研究をしているのは知ってるね?その中に、手配中の「スリップキンクス」というヤツがいる。自ら開発した兵器の性能を試すため、無辜の市民を惨殺したっていう、札付きの悪党さ。
コイツは、カラクリ仕掛けの甲冑を着込んでいて、常人にはおおよそ出せないような、怪力を発揮するそうだよ。
まったく科学者ってのは、手に負えないねぇ。
~クラン・セントリオの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
大撤収の後、シャーレアン入植地の廃墟街を我が物顔で占拠し良からぬ事を企んでいる「青の手」という集団がいる。
この集団の恐ろしいところは人の社会の常識が全く通用しない事だ。なんせ構成員が全員ゴブリンの科学者なのだから。
ゴブリンには人の社会に積極的に係り、そのために人の価値観を学び比較的弁えて人の社会と協力して暮らす者と、人とのかかわりを一切断ち、独自の社会と価値観でいつか人から世界を奪うことを目的としている者がいる。
例えは悪いが前者は飼育された犬で後者は野良犬と表現するのが伝わりやすいかもしれない。そして後者がどれほど恐ろしいかはゴブリンがそもそも魔物であるということが理解できている人ならわかってもらえると思う。
魔物の価値観とは「自分達さえよければいい」を地でいく価値観だ。僅かでも自分たちに利があれば相手を殺すことを「屁」とも思わない。
今、クラン・セントリオから手配書が出ている「スリップキンクス」などはまさにその代名詞といえる。奴が手配されるに至った理由は「自らが開発した兵器の効果を検証するために無辜の人間を多数惨殺した」というものだ。これだって奴らの価値観で言えば何が悪い?と逆に聞かれるレベルの話だ。人間界にも研究開発に熱心になり過ぎて手段を選ばなくなってしまうマッドサイエンティストと呼ばれる人種はいるが、ゴブリン達は生まれた時からマッドサイエンティストなのだ。
ただ、今回「スリップキンクス」を狙うにあたってこちらに好都合な状況もある。数日前捕えた「青の手」の末端メンバーの話によれば、現在「青の手」はサリャク河のど真ん中で活動を停止している機械城アレキサンダーの稼働に力を入れ総力をそちらに割いているらしい。一方スリップキンクスはアレキサンダーには一切興味を示さず、自分の開発研究に夢中になっており単独で行動しているという。興味の薄いことには知恵が回らない少し頭が足りないゴブリンは上手に嘘が付けないので逆に信ぴょう性がある情報だ。
あたしと相方はクラン・セントリオの口利きでとらえたゴブリンに会い、ミエミエのお世辞でホゲホゲにした上でスリップキンクスの隠れ家を聞き出し、二人で強襲をかけかなり雑に作られた研究所の奥にスリップキンクスを追い詰めていた。あの鉄の扉の向こうにスリップキンクスがいる。
あたし達がその鉄の扉を開けようと扉の前数メートルという所まで来たとき、突然その両引きになった鉄の扉がシュウウウウと空気が漏れるような音を立てて開いた。
扉の奥は真っ暗でよく見えなかったが、暗闇の中に赤く光る目が見えたかと思うとスリップキンクスはウィーン、ウィーンと機械の駆動音をたてて部屋から歩み出てきた。
人の2/3ほどの身長のスリップキンクスは人の倍ほどの大きさもある機械仕掛けの鉄製の鎧ようなものを装着して現れた。
「スリップキンクスの作ったカラクリメカは負けない。おまえら死ぬといい」
そういうと金属がこすれ合うようなけたたましい音を立てて、スリップキンクスが駆け寄ってきた。
「どうする?」
あたしは相方に聞きながらバックステップで後ろに飛び退いた。と同時にスリップキンクスが振り下ろした剣がさっきまで二人が立っていた場所の地面を激しく殴りつける。
同じくバックステップで一撃を躱した相方が言う。
「あたしに考えがある」
そういうと相方は次の一歩を鋭く踏み出すとスリップキンクスに張り付くかのように密着して、スリップキンクスが追い払おうと腕をするのを躱しながら何度か剣を振るった。
ひとしきり剣を振るった相方が剣を仕舞いながらあたしの方に向かって歩いて戻ってくる。スリップキンクスは動かなくなってしまった。
「え?倒したの?」
驚くあたしに相方が少し舌を出して可愛く言った。
「関節から見えてた通電用のコード、全部切っちゃった」
あたしは手をポンと叩いて納得した。
「あー、なるほどね」
着るにも脱ぐにも動力が必要となるほど重量があるスリップキンクスの機械仕掛けのパワードアーマーは、動力を失ったいまは押しても引いても動かないただの鉄の拘束着となった。
動けなくなったスリップキンクスの助けを呼ぶ声が意外と心地よかった。
ドラヴァニア地方