AIによってソフトウェア開発が代替されるとはどういう状態か
生成AIによってソフトウェアが誰でも安価に開発できるようになる時代が来るという言説があります
たしかに、最近の #ChatGPT や Gemini や、もう少し専門化されたプロダクトでいうと v0 なんかを見ていると、技術的にはソフトウェア開発を自動化することが可能になりつつあることがわかります し、今後もその傾向は加速しつづけると思ってます
にもかかわらず、これが進んだ先に「ソフトウェアが誰でも安価に開発できる」というには、一つの誤った前提があると考えられます
まず、前提として「ソフトウェアが誰でも安価に開発できる時代」とは「すべての労働者がプロダクトマネージャーとしての資質を持っている時代」とニアリーイコールです
なぜなら「ソフトウェアが誰でも開発できることで助かるような人」とは、そもそも自分(自分たち)が何に困っており、どういうアプリやツールがあればそれを解決できそうかをある程度言語化できる人だからです
それはほとんどプロダクトマネージャーの才能がある人と言いかえられます
もう少しスコープを狭めるなら「すべてのホワイトカラーがまともなPdMとしての能力を持っている」ということになります
現代でホワイトカラーという括りがどのくらい妥当かという問いは一旦措きます
しかし仮に技術がいくら進化しても、こっちがボトルネックになるのではないか、というのが私の疑いです
そもそも多くの人間はプロダクトマネジメントができません
そして、プロダクトマネジメントがある種の専門技能であるということがそもそもわかられてないと思います
現代におけるプロダクトマネジメントは、関わる人間が全員データ分析をでき、日常業務から欲しいしくみの要件を定義でき、抽象概念をフローチャートで表現し、不確実性を持ったタスクを列挙してそのスケジュールを他者に共有することが可能であるというような前提で作られています(本当に)
これらのタスクを ChatGPT に任せることは可能だと思いますが、その必要性と審美眼を理解していることが前提になります
もし AI がプロダクトマネジメントを代替した(?)場合、つぎに要求されるのが「すべての労働者がプロダクトオーナーとしての資質を持っている時代」に変わるだけと言えます
一方で世のガントチャートはかなり嘘の日付が書かれているし、プロダクトビジョンを #言語化 したら要領を得ない箇条書きになったみたいなことがしばしばです これはガントチャートが悪いというより、たとえばQC7つ道具を適切に選択できる人があまりいないという方向の話だと思われます
これらをなんとなく「ソフトスキル」とか「社会人スキル」などというふわっとしたラベルで扱ってきた方にも問題があります
真にソフトスキルの高い人は、ソフトスキルなどという単語の解像度に納得がいってないのではないでしょうか
私は「すべての労働者がまともなPdMとしての能力を持つ世界」は心から素晴らしいと思います
そうなったら良いと思いますが、現世はそれからは程遠いということをまず認識する必要があります
このレベルの認知操作をすべての労働者に要求するのは正気の沙汰とは思えませんが、とはいえそのように動いてしまっています
それを認識したうえでの主張なら聞いてやらんでもない、という感じです