キャラの一枚絵で映像が構成されるボカロ曲(とその歌ってみた)
このページの要旨
歌ってみたが投稿されやすいサムネイル・動画について。
キャラの一枚絵で映像が構成されるボカロ曲が増えている。
そして歌ってみたが増えている曲の多くがその様式に沿っている。
⇨映像を簡素化することで二次創作(=動画の改変)のカロリーが下がって、結果的にUGCが増えている。
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最近、映像を付けずにキャラクターの一枚絵で動画を済ませるようなボカロ曲が増えている。
手間のかからないキャラ立ち絵だけのボカロMVというのは昔からあったが、最近の傾向で特徴的なのは
単色のビビッドな背景
中央に大きく映るキャラクター(バストアップ以上の大きさであることが多い)
キャラの周囲に歌詞を散らしたり、キャラの表情差分を用意することで展開する映像
あたりである。
この傾向は昔はあまりなかった流れで、発祥がどこかは不明だがかいりきベアの影響は間違いなく大きいだろう。 https://www.youtube.com/watch?v=oRJBwaZ59fQ
https://youtu.be/FNCJT-2rRAI
その後かいりきベアの影響から類似のサムネ手法は増加していたが、やはり2020年に投稿されたKanaria - KINGがセンセーショナルな立ち位置を占めていたことは間違いない。 https://www.youtube.com/watch?v=cm-l2h6GB8Q
というかかいりきベアのMVもKINGのMVものうというイラストレーターが手掛けており、この流行の影の立役者と言える。 KINGに関してはほんとにVTuberも歌い手も猫も杓子も歌ってみたという様相を呈していて、そのそれぞれの動画で本家をオマージュしたサムネが描かれるという流れが生まれた。
https://gyazo.com/312c436747083fdea3a2ac01bac8f99f
ファンが「歌ってくれ~~!」と念じながらサムネ風ファンアートを描く流れも増えた。
https://gyazo.com/ec6d46d21b3046c4e9022a840fc3196a
https://gyazo.com/8c672d58e99354954e0ca2d7bf941a07
そしてなんとそのファンアートが実際のサムネに採用される流れも。
https://gyazo.com/f4616130a11cc6bed8a4a414c7d02fb6
https://youtu.be/7KIG6smbczA
これはファンにとってはたまらなく嬉しいことであると同時に、イラスト発注側(VTuberサイド)のメリットも大きい(追加の工数があまりかからない、クオリティコントロールが容易、など)。
さて、なぜこの流れが生まれたのかと言うと、その要因の一つはここ数年で「アバターを持った歌い手」が急増したところにあるだろう。この「アバターを持った歌い手」の代表例はVTuberだが、それ以外の歌い手も自分を代表するアバターを持って半キャラクター化する流れが強まっているように見える。
e.g.Ado、まふまふ、96猫、P丸様。
https://www.youtube.com/watch?v=slcfa-0urok
https://www.youtube.com/watch?v=iCu1ljyO4XA
https://www.youtube.com/watch?v=7-JY2l49CVY
https://www.youtube.com/watch?v=LNCYSMzAdYY
歌い手にアバターを与える文脈は昔からあったが、それでも歌ってみたのためにイラストを書き下ろすのは稀で、基本は本家MVの流用という形をとっていた(今でも多くの歌い手はそうしている)。
ところが最近のVtuberの歌ってみたはMVを流用しないことが暗黙の前提となっており (歌い手と比べ人気VTuberの多くがはじめから企業所属であることも無関係ではない)、結果MVの再現コストが低くサムネでキャラクターが立ちやすい「キャラ一枚絵MV」が繁栄を見せた。
以下でキャラ一枚絵の動画が流行した例を見ていく。
https://www.youtube.com/watch?v=cm-l2h6GB8Q
https://youtu.be/oPAcjv__fbc
https://www.youtube.com/watch?v=Rkrm5foi188&t=40s
https://youtu.be/ON-uAsf4uak
https://www.youtube.com/watch?v=dHXC_ahjtEE
https://youtu.be/4N_HwrzWCac
グッバイ宣言はサムネにあるこの印象的なポージングがミニマムなダンス表現としてTikTok上で大当たりし、結果Youtubeでは2021年8月に6900万再生を記録、ハチ - 砂の惑星を抜いてYoutube上のボカロ曲の再生数で一位に上り詰めた。サムネイルの勝利である。 https://www.youtube.com/watch?v=wp9Z2wZ-2bs
https://youtu.be/64kI2BWRd2g
https://www.youtube.com/watch?v=oFmup8lxUHw
https://youtu.be/7sbPXEdtWBQ
シンプルな背景にインパクトのある構図でキャラを立てるみたいのはsyudou作品でこれが初かもしれない。これ以前のsyudou作品もキャラのミディアムショットを中央に据えるサムネが多かったが、背景の情報量が多くキャラの顔もそれほど立っていないためか派生動画はそれほど多くなかった。 https://www.youtube.com/watch?v=GTgMgxtl0Eg
https://www.youtube.com/watch?v=dXb7ItXXX5Q
「キュートなカノジョ。」ではサムネの方針に路線変更があったと言ってよいが、実際歌ってみたは爆増していて、映像・サムネに凝らない逆にバズるという仕組みが定式化してきた感がある。
https://www.youtube.com/watch?v=ydm9j3DHCB4
DECO27に関しては明確に上の戦略([映像・サムネに凝らない逆にバズる)を取りに行っていて、ヴァンパイアの次に投稿されたアンダーカバーに関しては歌詞表示すらない純粋な一枚絵だけの動画になっている。これは乙女解剖とかで凝ったアニメーションやってた頃からは考えられない。明確にVtuberに当てに行った戦略。
https://youtu.be/1PzrgRQ5p4Y
https://youtu.be/7zwCIz-Ohn4
https://youtu.be/adGhT_-JbZI
このMVの公開直後、この映像のリリック部分のmp4ファイルとaepファイルがDECO*27が経営する会社OTOIROより配布されたのである。
カバー投稿時にmv作りたい方に向けて、弊社サイトで『ヴァンパイア』と『シンデレラ』の文字だけのmp4を公開してます。
あと実例として両曲のAEプロジェクトファイルも一部載せておりますので、教材というとおこがましいですが、AEで映像つくってみたい方の手助けになればうれしいです。
これによって二次創作する際の最大の手間であった文字部分の再現のコストが一気にゼロになり、歌ってみた動画を強力に推進する仕組みが完成した。
実際ハイペースで続々と二次創作動画が生産されており、そしてそのリリック部分を元動画に負っているため当然クオリティも高くなる。非常に戦略的な展開である。
https://www.youtube.com/watch?v=nReJpvkBoTI&t=2s
楽曲ごとに戦略を分けているボカロPも存在する。ツミキはその一例だろう。 ツミキ - フォニイはこれも印象的なサムネとポージングで、歌ってみたが流行している。映像のリリック表示も非常にシンプルなものに留まっており二次創作の流通を明確に意識していることがわかるだろう。仮面(狐面)の着・脱というイラスト差分が用意されているのも(二次創作)動画内でキャラクターの顔を見せたいという歌い手側の気持ちを阻害しない仕掛けになっている。 https://www.youtube.com/watch?v=9QLT1Aw_45s&t=18s
https://www.youtube.com/watch?v=D510EC7Jrz4
https://www.youtube.com/watch?v=Lzrd6tehdmw
この戦略の差はこの曲がみきまりあという生身のシンガーによる歌唱であることと当然かかわっている。安全にオリジナリティが発揮できる仕組みという観点において、ボカロ曲と比べて生身の人間が歌う曲で歌ってみたが流行する望みは端から薄いのである。そのため動画に手を抜くことによるデメリットのほうが相対的に大きくなり、結果として視聴維持率・リピート率を上げるために凝ったMVを作ることが戦略的に正しくなる。 次にこの戦略のアンチパターンを見ていく。
例えばみきとP - ロキなどはこのパターンに合致するように思えるが、ロキの一枚絵は背景の情報量が非常に多く二次創作でサムネを作る際にはこれをそのまま流用というわけにも行かないため結果としてここに大量の小ネタを仕込むことを要求される。結果、イラストレーターにとっても発注側にとってもこれはかなりの大作業となるだろう。このような背景は二次創作にとってはひとつの足かせになる。 https://gyazo.com/d493609a0b2b89542cbb07a965651a17 https://www.youtube.com/watch?v=Xg-qfsKN2_E
https://www.youtube.com/watch?v=8nI1CDsNZI0
https://www.youtube.com/watch?v=KNi82VggtBo
https://www.youtube.com/watch?v=hxSg2Ioz3LM
このサムネは上の要件を満たしているように見えるが、先程まで紹介していたイラストとは決定的に異なる点がある。それはレイヤー効果の多用である。
実は先ほど紹介したサムネの数々にはその塗り方という点で二つの方向性のみが存在しており、それが
1.アニメ塗り
2.マットな厚塗り
である。アニメ塗りは色と色の境目が明確で、グラデーションやぼかしを用いないという最もシンプルな塗り方で、そのため二次創作でも塗りの再現がしやすい。「KING」「ダーリンダンス」「グッバイ宣言」「ヴァンパイア」「フォニイ」などはいずれもこのアニメ塗りである。
一方で厚塗りは油絵のようにい色を上から塗り固めていく方法で、「キュートなカノジョ」「ボッカデラベリタ」などはこの塗り方。アニメ塗りと比べて手間のかかる塗り方と言えるが、しかし厚塗りは極論見える色を置いていけば色彩の再現は可能であるので、二次創作する上での負荷は意外と少ない。肌の色とその影色が再現したい場合スポイトで持ってくれば済む話になる。
しかし上のヒバナはそのどちらの塗り方でもない。上のイラストは「乗算」「加算発光」「グラデーション」といったレイヤー効果をふんだんに用いた、非常に立体感・空気感のあるリッチなイラストになっているのだ。そして、この作風を絵師が再現するのは難しい。アニメ塗りや厚塗りの場合は画面上に見える色を置いていけば一応の再現が可能だったが、レイヤー効果の場合は「どんな効果がどの範囲に適用されているか」を見える色から逆算して考える必要がある。演算の結果が色情報として見えているだけなので、色さえわかれば再現できるアニメ塗り・厚塗りとはわけが違うのである。乗算やグラデーションを前にスポイト機能はあまりにも無力。結果、この手のイラストも二次創作の流行を期待する場合は効果的ではない。
というわけで、最初に提示した条件にはもうひとつ項目を追加する必要があるだろう。
・単色のビビッドな背景
・中央に大きく映るキャラクター(バストアップ以上の大きさであることが多い)
・キャラの周囲に歌詞を散らしたり、キャラの表情差分を用意することで展開する映像
・アニメ塗りかマットな厚塗りによるイラスト
ここで「マットな厚塗り」とわざわざ断っているのは、色数を増やしたリッチな(立体感のある)厚塗りもまた再現コストが高いためである。二次創作を期待するなら色数(色相や明度、彩度)を絞ったフラットな厚塗りを目指すべきだろう。
さて、最後に重要なことを述べねばならないが、上で紹介したサムネイルのキャラクターはどれもその楽曲のためのオリジナルキャラクターになっている。
それに対して直前に貼った「ヒバナ」などのサムネイルに描かれているのは初音ミクという既存のキャラクターだ。Reol - ヒビカセなどもそれに当たる。このようなサムネイルは数を上げればきりがない。ボカロのMVとして歌唱ボーカロイドのキャラクターのイラストを用いることはボカロ文化では珍しくない、むしろ支配的な価値観であった。 https://www.youtube.com/watch?v=TkroHwQYpFE&t=98s
しかし、上で挙げたサムネがすべてオリジナルキャラクターであったことを考えると、先程の条件に最後の修正を加える必要がある。
・中央に大きく映る「オリジナル」キャラクター
ではなぜボカロキャラのサムネを回避する必要があるのだろうか。
これは仮説ではあるが、やはりボカロ楽曲が「初音ミクのための音楽」であった時期はあまりにも長く、それ故に歌ってみたでサムネの初音ミクを自らのアバターに置き換えることに対する多少の後ろめたさのようなものもあるのだろう。だからこそ完全に初音ミクの文脈を離れたサムネイルを用意して、「あくまでオリジナルな曲のボーカルが(たまたま)初音ミクなのであり、このボーカルは自由に交換できますよ」という空気を作りに行っているのだろう。
結局ピノキオピーなんかは初音ミクというキャラクターと楽曲が強く結びついているので、そこのキャラクター性だけを引き剥がすことに対する暴力性みたいなのも界隈が空気としてうっすら共有されているように感じる。