FRC1(JN1GGZ)
高校時代あれだけ好きだったアマチュア無線から離れたのは22歳の時だった。建築の仕事が面白くなったからだ。それから20年、訪ねた依頼主の庭に立つタワーを見上げ、無線を再開したくなった。父の畑に足場パイプを建てワイヤーアンテナを張り、プレハブ納戸の中にシャックを作ったのは2007年だった。
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この「ファームシャック」に、景色のいい窓の前に机を作り、20年しまったままの無線機を並べた。上段左はTRIO(現KENWOOD)TS-660、中学3年に開局する祭、親に買ってもらった。上段右はYAESU FT-102、高校生となり2アマを取得し、親から借金するもアルバイトで返済した(途中免除されたが)。下段左にはこの再開局に合わせ購入したYAESU FT-857、100w機がこれだけコンパクトになったことに
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1980(S55)年、中学3年生になった4月、隣りの席の転校生からアマチュア無線を知った。電話級アマチュア無線技士の国家資格を受け、JN1GGZのコールサインが記された免許状が、この年の11月末に届くと、高校受験の勉強をそっちのけで、
初めての無線機は、TRIO(現KENWOOD)TS-660を、親に買ってもらった。高価な無線機の中でも、21,24,28,50MHz帯にオンエアできるこの無線機は、当時の中学生・高校生にピッタリだった。
オークションで出品すると「無線機や周辺機器は瞬く間に売れていく」と友人から聞き、私は驚いた。全てが売れたのは2021年7月、合計136,000円にもなった。友人は「こんなに多くはもらえないと、36,000円は私に返金したい」と言い、受け取った。無線機を売って得た収入だから、無線機を買おうと秋葉原に向かった。2021年8月、秋葉原の無線ショップに入るなど10年ぶりだろう。発売されたばかりのハンディトランシーバーFT5Dと、特小トランシーバーDJ-P221LAを購入した。
学生の頃、ふたつのコールサインを持っていた。個人局:JN1GGZと、高校時代に結成したクラブ局:JI1YUSだ。「どちらかひとつだけ復活させればいい、学生の時ほど熱心にやらないだろうから」と、JI1YUSのみ再開局申請した。「クラブ局であれば私でなくでもアマチュア無線を体験してもらえるだろう」と考えたからだ。
手放せなかった無線機FT-857Dを、書斉のモニタの下に置いた。休日の日中、色々な局の交信を聞きながら、ウォーミングアップをした。無線からは10年も離れていたが、その間も仕事で家族を支え、社会の一員としては、いくらかは成長しているようだった。仕事でも家庭でもどんな場所でも、私は色々な人たちに支えられていることを知っていた。
「これからは無線を一生の友としたい。そのためにはどうしたらいいだろう」この自問に、すでに私は答えを知っていた。競いあう無線ではなく、支えあう無線をすればいい。ひとりでできないことを諦めず、他者と協力する無線をすればいい。みんなが自分の個性を発揮でき、多様性を認めながらも、一体感を保ち続けられる無線を。
21世紀を担う人たちは、私ができなかったことを達成してほしいと思ったとき、ふと「こどもたちが自分の道を歩み、夢を叶えるために」星合さんのメッセージを思い出した。リゾートホテルのようだった高齢者マンションを訪ねた時、たびたび言われたこのメッセージは、私への挑戦状なのだはと気づいた。「私はこのような仕事をしたけど、あなたはどんな仕事をするのかしら」と。
開局申請書の書き方から始まり、アンテナを設置するのに一緒に屋根に上がってもらったり、学生の頃は当たり前のように、近所のOMたちの世話になっていた。私は当時のOMたちと同じ年齢になっていた。今度は私がサポートをする役割だ。「こどもたちが自分の道を歩み、夢を叶えるために」に対し、アマチュア無線でなら応答できるかもしれない。
コールサインを持つ者は、良き社会人なのだ。そして親切なのだ。やはり個人局:JN1GGZも復活させよう。クラブ局:JI1YUSから1ヶ月遅れて再開局申請をした。2021年10月だった。その2年後、2023年10月、電波文化祭を開催することになるとは思わなかった。
タワーなど必要なかった。無線機すら必要はなかった。
憎しみあうことを困難にし、楽しくなることを容易にするもの。
ひとりでは、こんなに楽しいことはできなかった。
ひとりでもできることなら、する必要はなかった。
ひていい。
JN1GGZ.icon JN1GGZ にはそれができなかった。憎む人を許すことができなかった。
21世紀を担う人たちは、私にできなかったことを達成してほしい。
私ができることなら全力で応援したい。
復活させなければと、、遅れてを申請し復活させた。
物置にしまったままの無線機手放さなかったトランシーバーFT-857Dを残しておいたを
「だれかの夢を叶えるための一端を担うこと」
に
もしかたら、私はこれをアマチュア無線
と気づいた。
中学3年でアマチュア無線を始めた頃を思い出した。
世話になってきた。気づくと自分はその年齢だ。
競い合う無線でなく、
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今号の配布は #電波文化祭 当日だ。
3回目とは、どんなイベントとなるだろう
モノづくりによりシフト
NT出展者たちの参加
学生出展者
#電波文化祭 の準備にあたり、目的が次第に姿を見せてきた。
無線の外とのつながり
ハムフェア 
電波文化祭記念日
なぜ発信すること
理由の前にやるべきこと、
作ること、誰かに伝えること