第17回:小野塚知二
経済史を専門とする東京大学特命教授の小野塚知二さんをお呼びし、「食の現在と未来 イギリスと越後妻有」というテーマでお話しいただきました。
前半では「イギリス料理はなぜまずくなったか」を扱った研究について。イギリスでは18世紀までは個性的で豊かな食文化があり、食材の在地性、多様性、季節性が担保されていました。しかし、19世紀以降の産業革命と農業革命を通じて「村」と「祭り」が消滅し、下層階級の人たちが祭事の食や人との出会いを享受することができなくなり、料理人(下層階級出身者が多い)の食を創造する能力が涵養されなくなったと言います。食料輸入を促進し、食のグローバル化が起こると、下層労働者も含めて飢えがなくなりましたが、第一次世界大戦に突入すると食料輸入に依存することが難しくなり、イギリスは食糧自給率を上げるために努力しはじめました。結果として約80年かけてほぼ自給できるようになりました。今では「イギリスには世界中の旨いものがある」とよく言われますが、イギリス特有の旨いものはあるのだろうか。食材だけではなく、食を継承し、育んでいく能力を涵養することが大事だと言います。
後半では、小野塚さんのご親族の出身でもある越後妻有についてお話しいただきました。越後妻有は、江戸時代には化学肥料も農業機械も用いない農法で約1万人が自給自足で暮らしていましたが、現在では2000人強まで減少してしまいました。小野塚さんは、越後妻有に特徴的な「豪雪」という自然現象そのものが過疎の原因なのではなく、人口減少に伴う年齢構成の偏りのせいだと言います。お年寄りばかりになってしまうと、自分ではできない雪かきを誰に頼めばよいのかと思い悩んで、しまいには自殺に至るケースも多いという現状があります。豪雪を自然の恵みに変えるために、都市部への人口流出を防ぎ、食料自給率を高め、再生可能エネルギーに転換し、周囲の誰もが育児に参加できるような寛容で自由な社会を目指したいと結びます。
[2023年3月27日、アートフロントギャラリー](文責:江尻)