足切り八助
「鬼、悪魔、金の亡者。 お前のような者のことをヴェニスの商人、 足切り八助というのです」 靴乃コはとまれ二六万円をくれた鹿目書房の人を躊躇なく罵倒する。 足切り八助かぁ―――。 僕は久々に聞くその名を懐かしく思う。 井原西鶴の『世間胸算用』に登場する魚屋の渾名だ。 昔、奈良に強欲な魚屋がいた。 年の瀬、 彼は慌ただしさに乗じ、蛸の足を二本切り、 六本にして売った。 切った二本は別に売ろうというのである。 しかし蛸の足が足りないのはすぐに露呈、 指摘される。 だが彼は気付くほうがどうにかしている、よっぽどの閑人だと己の悪事を詫びるどころか居直ってしまう。以来、彼は足切り八助と呼ばれるようになった。 破産 嶽本野ばら ・位置934