悟り
ただ、もし一つ変わったことがあるとすれば「外の世界に期待をしなくなった」ということかもしれない。10代の頃は部屋にこもりつつも、何か外の世界に対する焦りや期待や憧れがあった。「このままじゃだめだ」とか「外にはもっと面白いものがあるんじゃないか」という気持ちがあった。ひきこもらない pha p.125
やっぱり10代の頃なんか無駄にエネルギーが余ってる上に、いろんな経験が足りないから、持ってないものに憧れて期待してしまうんだろう。そのうち歳をとると、それなりにいろんな経験をしたせいか、それとも単に体力がなくなってきたせいか、「もっと何かやらなきゃ、あれをすれば人生が劇的に変わるかもしれない」みたいな焦りや期待はなくなってきて、「何をやってもどこに行っても大して変わらないし、まぁ俺は大体こんなもんだよね」という感じで落ち着いてしまう。/ 結局、自分が欲しいものは最初から全て小さい部屋の中にあった。外に何かを求める必要は無い。ひきこもらない pha p.126
人生なんていろいろあるようで結局そんなもので、狭い範囲を行ったり来たりしながら同じことを繰り返して、体力が余ったら適当に消耗させて、たまに気分を変えるために違うことをしてなんかちょっと新しいことをやった気分になって、そんなサイクルを何回も何回も何回も何回も繰り返しているうちに、そのうちお迎えが来て死ぬのだろう。まぁそんなもんでいいんじゃないだろうか。ひきこもらない pha p.127
当時の僕は穂村弘を読んだ影響で短歌を作ったりしていて、天気の良い日に河原を歩き回ると、いろんなイメージが次から次へと頭の中に浮かんできたものだけど、あの頃は感性が鋭敏だったなと思う。今の僕はもうすっかり鈍くなってしまった。風景を見てもあまり面白いことを思いつかなくなった。瑞々しい感性を失ってしまった。 / 感覚が鈍った分、生きやすくなったというのはあるかもしれないけれど、最近はもう、感動したり本気になったりすることがすっかり少なくなった。 / 本や音楽も昔に比べると全然読んだり聴いたりしなくなった。音楽なんかは今でも大学時代とほとんど同じもの、例えば中島みゆきとフィッシュマンズを延々と聴き続けていたりする。全く進歩がないけれど、飽きないのでしかたがない。ひきこもらない pha p.206