勝手にふるえてろ
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なんで綿矢りさかっていうと、だいたい、評論家や批評家が褒めるものは「まあそうだろうな」って思うほうなんだけど、綿矢だけは「なんでいいのかわからん」。それでずっと苦手なんだけど、今なら読める気がして。『かわいそうだね?』よりは「よい」けれど、「おもしろくはない」といった感じの感想で、変に綿矢に対してだけ自分の評が辛いのかも。主人公=語り手のいやらしさがよく描けてるし、世の中の「本当に好きが大事」の嘘に「ケッ」って悪態つく意地悪は好きだ。同時に「自分では愛に向けて動けないくせに、人から愛を受けてもあらばかり探して自分から動かない」クソ卑怯者にも毒が行く感じもいい。主人公が処女なのに妊娠を偽る疑似処女懐胎ってテーマもよい。 主人公には大好きなイチと、全然興味がないけれど自分のことを好きでいてくれる「ニ」がいる。イチとの思い出を語りながら、主人公ヨシカは、元クラスメートの名前を勝手にかたり同窓会を企画、イチと会おうとするが、同時に「ニ」からも告られていて......。
ニはこちらの話を聞くようでいて全然聴いてなかったり、まあ、男の身勝手だったりガサツな部分を濃縮したようなキャラで、それが途中までは否定的に言及されているのだが......。まあ、いいんだけど、主人公が処女だってこと、主人公の友人から聴いたって話を本人にしますかね。もちろんこの「友人」も最低でひっどいやつなんだが、それを本人にしちゃう時点でこの「ニ」ってのもだいぶヤバい男だし、ダメダメでしょ。まあ、別にダメダメと付き合う文学がダメってわけでもないし、それはいいんだけど。