ヒッキーヒッキーシェイク
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この事件で有名になった本ですね。津原が百田尚樹本を批判。すると幻冬舎の社長が「2000部しか売れてないくせに!」と実売冊数を公開したっていう。この本が2000部しか売れてない。それもすげえなって思ったんだけど、読んで思ったのは「確かにこれは売れないかも......」 幻冬舎もかなり真剣に売ったとは思うんですよ。だって表紙、クラウス・フォアマン(ビートルズの友人にして、リボルバー、世界で一番有名なロックレコードのジャケットを描いた人です)による書き下ろしイラストを表紙に使用って。めっちゃ気合い入っているでしょう。 文章も大変上手く、どことなく品もある。「悪くない」というのが率直な印象ですが、それがそのまま「作品のつまらなさ」というか「何したかってん」になってる。
たとえばもうちょいわかりやすくすればヤングアダルト本として名作、シリーズ化したと思うんですよね。SFならSFにふりきっちゃえばそういう評価もなされたはず。純文学方向にだって、この作者の技量なら全然ふれたでしょう。
ところが、そのどれでもない。よくいえばジャンルレス、自由奔放な創作意欲の発露だけれど、悪く言えば「何がしたいのか軸をしぼりきれてない」感じ。
ストーリーは単純で、4人のヒキコモリの個性を合わせていろいろなプロジェクトにカウンセラーが取り込ませるのだが......という話なのだけど、これがねえ。まず、ひきこもりひきこもりいうわりに「引きこもり感」薄いんですよ。
みんな結構すぐ人に会うし、よそに出ていくし、元からそんなに引きこもりでもなさそうな感じ。「健康」なんですよね。他の作品読んだことないからわからないけれど、この作者がそもそもかなり「健康」というか「健全」というか。そういう人で、社交的でもあったんじゃないかな。よくいえば安心して見てられる、読んでられるんですけど。
そして、その実、大した事件がおきない! 一応後半でさまざま謎が明かされていくんだけど、いうても「え?それだけ?」という感じ。途中、さまざまな文体を駆使したり、主観カメラを切り替えてくんで、そういう意味での「あじわい」は確かにあるものの、いや、この作品ってそういう味のもの?という。
カレー屋入ったのに出てきたのは蕎麦で、しかもこの蕎麦が大変丁寧にうたれていて、ええ仕事してはる......って感じで、それはそうとして、このわしの、スパイス大量に摂取したいっていう欲はどないしたらええのん、みたような気持ちになる。
あと、読みにくい、ですかね。たぶんものすごい読書量の人なんでしょう。そして技量もある。だから「書かなくてもいいこと」は書かない一方で、書けることは書き込んでしまうものだから、ストーリーに比して情報が整理されておらず、文章のコンプレッションも思ったよりも高いので、爽快に読み抜けていく、といった読み方を許さず、やっぱりなんやねん、これ、という感じ。
他方で、文字の表記などに独特のこだわりもみられる。メールではなく「メイル」。リナックスではなく「リヌックス」。間違いじゃない。どころか正しいのかもしれないが、癖、結構すごいぞ。サイモン&ガーファンクルの歌詞が出てくるのだけど、その翻訳も結構独特で「え?そんな意味だったっけ?」ってなった。
それくらい「正しい」にこだわるくせに、ブラバン部員がユーフォニウム吹く前にやきとんを遠慮なく食べるシーンがあり、おいおいおいおちょ、まwwwと引っかかる。そんなんしたらマウスピース汚れる、楽器痛めるよ!! ブラバン部員、おやつですら演奏終了後に食べますからね。今は違うの?
読者を納得させて進めてない感じもあるというか。具体的にそれって何をするプロジェクトなの?ってあんまり納得いってないうちにプロジェクトは終了。お互いの仲がそんなによくないんだろうなって想像してたらいつの間にか結構仲良し。そんなんが続くのに、物語に比して意外と登場人物が多いし、全部結構漫画的で、その処理ができてない。
って、この人『ブラバン』なんて小説書いてるのか!! ってことはあれか。このシーンもわざとか。そういう「ルールはずしちゃうようなラフなブラバン部員だぜ」の描写なんか。そうであってもリアル気持ち悪いけどな.....。
全体から言うと、おもしろくなかった、かな。でも「同じ素材を他の作家が書いたら?」を想像すると「それだったら絶対最後まで読みきれなかったな」という感じもするし、もっと人気も出て下手すると映画化あったかも、とも思う。最後まで地味豊かな味わいがあり、文章を読む満足感が得られたので、プロット上のイライラを感じながらも落ち着いて読了することができた。