ツッコミがないと笑えない
https://youtu.be/ynO6OAHKpfs?si=P5c3wufeCj2GJy6r
とろサーモン 久保田が「ツッコミで笑いとる漫才が多くなってる。ボケ誰でもよくないか」。
これ、先日のツッコミスターへの直球の批判というか批評だったりする。ツッコミスターではボケどころか、色とか数字でもツッコミさえいれば笑いが取れるわけで。
高比良くるまがこの事情について非常に的確に説明している。たとえばコンビニでコンビ漫才やったとしてウィーンと入ってきたとして店員役がタメ口をきく、「よう!」。これ、ボケなのだが、現代ではたくさんの外国人も働いてらっしゃるし「いらっしゃいませ」がフツーだろー」という常識が弱くなっている。
そのためツッコミをまってはじめて「ああ、これはそう見ていいんだな」という解釈が固定されるため観客が笑えるという状況になっている。
これ、つまりは「多様性を重視した結果、笑えること、笑うタイミングなど、笑いという一番自由で根本的な人間のあり方に多様性がなくなってきている(画一化しており全体主義との親和性も高い)」という非常に重要なお笑い批評であり、指摘なんだけどなー。
ツッコミで笑いをとる=多様な解釈を間、声音、たとえなどの技術で言い切ることで解釈を一意に定める安心の笑いだとも言える。
他方でこうなると永野のような極論偏見おじさんがウケやすくもなる。「明らかにこいつの言ってること極論だろwww」のほうが「ガチなのか笑っていいのかわからない」状況を消せるから。
実際ここで永野はジェンダーレスだの多様性だのいいんだよ!男!女!男は青!女は赤!!のような無茶苦茶を言ってウケている。
これは本当に永野がそう思ってるとか、そういう思想だというよりも「今、むちゃくちゃ言ってるなこのおっさん」が明確にわかるから笑いやすいため、だから、永野もあまりにも極論を言ってるってだけの気がする。