エミリー・ザ・クリミナル
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エミリーがどんどん犯罪者として成長していくだけの物語っちゃだけの物語。
元美大生が過去の犯罪経験から仕事にも恵まれず、学生ローンでいっぱいいっぱいになり、ひょんなことから犯罪に手を染め.....というモチーフであれば、普通は社会的なメッセージを込めたり、こちらも膝を正して「闇バイトが深刻な問題となる昨今。これは由々しき社会的問題である」式に教訓を読み取ろうとしてしまうのだが、そういう説教くささが実は一切ないのが本作の最大の魅力かもしれない。こんなこと言ってしまうとアレだが、視聴感を素直に言うと「犯罪ってすごい!めっちゃドキドキする!!!」。 たとえば違法コピーしたクレジットカードでテレビを購入、カードリーダーで読み取ってから「承認」の文字が出るまで、そのたった数秒がなんと長く感じられることか......心臓がバクバクいいっぱなしである。「クレジットカードをリーダーに通す」なんて、なんなら映画見ている人たち全員が毎日見ている、やっていることとまったく同じ絵面なのだが、それが並のスリラーよりもよほどドキドキする刺激的なシーンになるってのがすごい。
エミリーという女性は現実に存在する女性ではないし、ここで起きた事件も実際にあった事件ではないから、完全にフィクション、つまり「嘘」なのだが、この映画に入っていることには一つも嘘がない。なんなら視聴者が既に日常見たものだらけで構成されていたりするからリアリティに説明がいらない。そして普段と同じことが「別の風景」に見えるから、犯罪と日常はシームレスであるという優れた描写になっている。
この映画を見ていると、仕事と犯罪どっちがどっちかわからなくなってくる。エミリーは犯罪に手を染めつつも、美大時代の友人リズの紹介で人脈を広げようとしたり、キャリアを開こうとも同時にしている。のだが、リズの友人の広告代理店の連中とやらは、なんかうさんくさいやつらばっかだし、ようやく採用されるかと思ったポストは採用とは名ばかりの「インターン」で、5ヶ月から6ヶ月は「無給」だという。犯罪ですら「お前の取り分はこれだけ」「いくらほしい?」「報酬は200ドル」と言ってくれるのに。エミリーが続けているランチ配送のアルバイトも同様だ。毎日同じ手順で同じ荷物を積み込むだけ、人を人とも思わない、成長など一切ない使い捨ての職場。これに対し、犯罪のほうはどんどん現場でのイレギュラーな経験に対応する中で、エミリーはスキルを身につけ、職責も上がっていく。本当にどっちが犯罪でどっちがまともな仕事なのかわからない。
本作の視聴感は、視聴者とエミリーとの距離によってまったく異なるものになるだろう。エミリーはとにかく度胸がある。強盗に襲われても隙を見て逆に襲い返す。気に入らない面接官には言いたいことを言ってその場を立ち去る(「給与を払ってから言え!ファック!)。だからエミリーがかっこよく見えてしまうのだが、エミリーを魅力的に思えば思うほど「まあ、エミリーだからこうなってるだけの他人事」のように見えてくる。逆にエミリーがそうやって大胆に度胸よく振る舞うのを見て「わかる......」となる人にはこれはエミリー個人の問題なのではなく「要するに犯罪とか貧困ってこういうことやねん」の一つの事例を見ている感覚になる。
自分は「エミリー、お前はおれか」という気持ちで見た。傷つけられたりいじめられたり、騙される経験が一定値を超えると、エミリーと同じく人は学習する。「言い返さないとやり返さないとやられっぱなしだ」「報復は強めにしないと相手に反抗の隙を与える」。しかしそうして相手から理不尽や暴力を受ける経験、それへの倍返しで何かを得るその体験を積むたびに、エミリーはどんどん犯罪者 The Criminalとして「成長」していってしまう。 最初にたまたまそんな体験をしてしまったからエミリーは「こう」なのか、それともあらかじめ「こんな」ところがあったから、どんどんそれが強化されていってしまったのか。そこはたまごが先か鶏が先かわからなくなっている。同じ美大に通っていた友人のリズだって、別にエミリーと何かが違うわけではない。「今晩ハメを外さない?」と聞いて薬物キメて楽しんでるような人間なので、リズがエミリーでエミリーがリズであってもよかったのである。違うのは多少の不条理なら受け入れてそれに甘んじるリズに対し、エミリーは不条理や暴力にはやり返す、それも相手よりも強くやり返すってだけだ。報復のスキル。それこそが犯罪者の最大の素質だったりする。 闇バイトでのきちんとすべてを説明してから同意を取るのではなく、先に免許証の渡させられたりその写真を取られたりしてからようやく仕事の説明に入るなど「小さくイエス」を言わせるコミットメントと一貫性の手法や、当日一斉に集められてまとまって説明受ける感じは、見ていてグッ⚪︎⚪︎イルのような派遣バイトでの体験を思い出した。こんな感じだったわ......。 ラストは蛇足かと思ったが、これがあることでエミリーの未来が、セミリーに犯罪を持ちかけたヨセフと同じ未来であることが暗示されるとともに、ヨセフがこれまでたどってきた道はエミリーのこれまで、つまり視聴者がここまでで見てきたのと同じだということが伝えられる。エミリー個人の個性や魅力を描きつつも(タイトルは「エミリーは犯罪者」なのでエミリーが描写の中心であり、一番描きたいことなのは間違いない)、他方でこれが個に限定された話ではなく、一般性、広がりを持ったものになっている。