AIクローンに学習させるためにコンテンツをつくる
と言った直後でなんだが、たとえばイケハヤの以下の記事と熱量こもってるし、発想もいいし、くすぐりもあるしでおもしろいんだよね。
イケダハヤト.iconAIクローンは、学習したデータに基づいてしかアウトプットできません。/つまり、AIクローンを賢く、面白くするためには、その「元となる人間」が、もっともっといろんなことを学び、経験し、インプットし続ける必要があるんです。/ たとえば、ぼくのイケハヤBotは、まだ「野草の食べ方」については詳しくありません。/ ぼくは高知の山奥に住んでいて、家の周りにはフキやイタドリ、柿の若葉、藤の花なんかがたくさん生えています。/ 柿の若葉の天ぷらとか、藤の花の天ぷらとか、美味しいんですよ。/ でも、そういう知識や経験を、まだちゃんとBotに学習させていない。/ ぼく自身がもっと野草について勉強して、レシピを学んで、実際に料理して、その記録をBotに教え込めば、イケハヤBotは「やたら野草に詳しいAI」になるわけです。/ 生身のぼくが山奥暮らしで得た知識が、AIクローンにも反映される。/ そのためには、ぼく自身がもっともっと勉強しないといけない。/ いろんな知識を吸収し、行動し、経験を蓄積する。/ いろんな人と出会って、関係性を築く。/ もっともっと野草を食べるwhttps://note.com/ihayato/n/n3201509b84c2 この部分、めちゃくちゃ共感できる。
AIを人間をリプレースするためのツールとして使っていくと、最終的に人間が弱くなっていってしまう。
それよりも人間をAIを強化するためのツール(!)として使っていく。そう発想すれば学習に対する強力な動機づけになるし、そうやって学んでる人のAIのほうがそうでない人のAIよりも圧倒的に強い。
その格差はどんどん広がっていくんじゃないか。
ということはAI使うためにも、AI使う以外のことを勉強しなければならず、その勉強を効率化するためにもAIを使って最適化するし、「AIをもっと上手く使うために」という動機づけが必要なのでAIにさわりまくらなければならない。