AIには文脈がない
こういうツイートに「でも実際AIの絵の方が人間よりクオリティ高くなったらどうすんの」とか思う人いるかもしれんけど、アートの文脈ではクオリティとかあんま関係無かったりするんだよね。「サルバトール・ムンディ」という絵画は贋作として13万円で売られてたものだが、「これダヴィンチの絵じゃね?」って事になって直近では508億円で落札されてる。ここでは絵のクオリティ自体の価値はほぼゼロ、じゃあ残りの99.99974%の価値は何なのか?それは誰が描いたのかという"文脈"。アートの少なくとも金銭的な価値は文脈が全てなケースも多い。AIが一発出しした画像には何の文脈も無い。というところまで考えると"芸術の価値がAIに塗り替えられることは絶対にない"という話も理解できてくる。クリスティーズのAI作品オークションは失敗だったらしいけど、作品制作者達は作品自体のクオリティどうこうというよりもどうやってAI作品に文脈を乗せるかという文脈芸に苦心してる感じ。AI自体には文脈が無くても人間がAIを道具として使った時に文脈は作れるかもしれないけど、AI使わない方が簡単なら使う必要はない →RThttps://x.com/umiyuki_ai/status/1905881695301337592
moriteppei.iconすごくよくわかる納得の理路だけど、最近この「AIには文脈がない」も「いつまでそうなのか」とちょっと考えてしまってる。
稲葉渉.iconそもそもアートに価値など存在しないと考えると、アートには価格があるだけになる。そこには価格を付けるための価値観があるだけ。その価値観は権威主義によって付与されるので、アートを支配している権威がAIに価値を与えれば価格がつく。https://x.com/inabawataru/status/1906078757695389905
moriteppei.iconそしてむしろこの「権威づけ」すら、AIが担保するようになったりしかねないんだよなあ。AIを使ってるけど人間が「文脈」を与えた作品、そのどれが価値があるか、AIを使ってそれに最終的に人間が従って「価値」が発生したのを「人間が価値を決定した」と言うだけ、みたいな。
moriteppei.icon私も骨の髄までの近代主義者なので、政治もアートも最後まで人間の領域として残ってほしい。そう思ってる。他方で「まあそうはならんやろ……」と悟ってるというか。最後まで「人間がやってる」という「体(てい)」にはしてくれる、人間がするだろうけど、その判断のほとんどを事実上AIに任せると思う。
moriteppei.iconというか「AIか?人間か?」みたいな議論は、たぶん2年もしないうちに「意味わかんない」になるのではないか。それくらいAIだ人間だの境目がなくなる。境目がなくなった「それ」をサイボーグではなく、その頃にはただシンプルに「人間」と呼び、そしてアートも政治も「人間ならでは」の活動とされる。