鍋の論理
フロイトが夢判断第2章のなかで引いている話。
隣人から鍋を借りて壊した男が、釈明として、以下の3つの相互に矛盾する説明をしたという話。
①鍋はそもそも壊れていない
②鍋は借りる前から壊れていた
③そもそも自分は鍋を借りてない
これらは明らかに相互に矛盾するが、このうちのどれか1つでも正しければ男は無罪になる
moriteppei.icon 『鍋の論理』でがんばる人たち、それでも「鍋を壊したのはあなたです」ってことを認めさせるようとすると、今度は「みんな壊してる」「じゃあ、あなたは壊してないのか」(責任の曖昧化)から始まり、「鍋を壊しちゃダメなら料理なんてできない」「じゃあ料理しないわ、するなってこと?死ねってこと?」(逆ギレ)を経由して、「壊したから何が悪い」(開き直り)に行く。
それでもそのすべてをかいくぐり、論理が尽きるまで行くと、今度は尽きた頃に「切電」するんだよな。電話だったら文字通り切るし、対面だったら机叩いて出ていく。そして次会ったときにはすべてメモリ消去してるので、また1個目の「そもそも鍋は壊れてない」から同じこと繰り返すんだよ……。
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moriteppei.icon それでも、それでも頑張り、ようやく「鍋を壊したのは確かに私だ」を認めさせても、次会ったときには今度はそのことは忘れており(忘却)、しかも、その過程で認めさせた「もう鍋の論理はやめましょうね」すらまた忘れて毎回同じところから始まるので成長がなく、それとやりあうこちらはただただ疲弊していくんだよね。 #scrapbox #post
たしかにバルベックでは、レアの名前を聞くとアルベルチーヌは、特別にまじめくさった口調になって、あんな身持ちのいい女性を疑うのはけしからんと言わんばかりに、私にこう言っていた、「あら! とんでもない、全然そんな人じゃなくて、とても立派な女性よ。」残念ながら私にとってアルベルチーヌのこの種の断言は、そのあとに必ずくるくると変わる断言がつづく第一段階にすぎなかった。最初の断言のあとには、こんな第二の断言が出てくる、「そんな人、あたし知らないわ。」当初は「そんな疑いなどかけようもない」人だと言い、つぎに(第二段階では)「そんな人、知らないわ」と言っていたのに、第三段階では知らない人だったことをまずは少しずつ忘れ、つぎにうっかり「馬脚をあらわして」その人を知っていると言い出す。この最初の忘却が完成して新たな断言を口にすると、こんどは第二の忘却がはじまり、疑いなどかけようもない人だということを忘れてしまう。「ところでそれはあの手の素行の人じゃないの?」と私が訊ねると、こう答える、「いまさらなんて呑気なことを、もちろん周知の事実よ!」失われた時を求めて10巻 pp.324-6