自分の機嫌は自分でとる
その人の不機嫌をその人がどうにかする義務はあるのか?
「不機嫌のなりやすさ」やその制御しやすさが人によって違うのに「不機嫌はその人がどうにかするべきもの」と言ってしまうと非常に問題
自分のコントロールできない部分が多いか少ないかは自分がコントロールできない
障害がそう
コントロールできない部分を「お前の管理領域だ」と言ってしまうと不公平
「不機嫌」についてこのような論理が成り立たないとみなが思っているのは、不機嫌=なんとかできるというなぜかよくわからない前提があるから。
もちろん最大限工夫はすべき
他人に当たっていいわけではまったくない