勝手にしやがれ
https://youtu.be/anHYQiJvyfY?si=EQP111Z-t4C39luP
沢田研二の代表曲。作詞阿久悠。作曲大野克夫。この曲の歌詞、とにかく全部「言ってること」と状況や歌い手の心理が逆だ。
壁ぎわに寝返りうって
背中で聞いている
やっぱりお前は出て行くんだな
壁際に寝返りをうつ、つまり「目をそむけている」と言っているのだが、関心がないのではない。逆だ。全神経集中させた「背中で聞いている」のである。同棲相手が出ていくのかどうか、そこにしか男の関心はない。
悪いことばかりじゃないと
思い出かき集め
鞄につめこむ気配がしてる
「悪いことばかりじゃない」とわざわざ言うのは「悪いことのほうが圧倒的に多かった」からだ。逆に「よかったこと」は「かき集め」ないといけないくらいしかなく、「鞄」につめこめてしまうくらい少ない。
行ったきりならしあわせになるがいい
戻る気になりゃいつでもおいでよ
どちらでも構わない、お前の気分次第で好きにしたらいいと言っている。が、逆だ。「いつでも」おいでよということはつまり「戻ってきてほしい」ということだ。
せめて少しはカッコつけさせてくれ
これ自体がカッコつけかもしれないが、逆だ。こんなことを言ってしまったらカッコなんてつくわけがない。まったくカッコがつかないし、カッコついてないことも相手に知られているしそのことを自分もわかっているが、それでもカッコだけはつけたいという、これ以上なくカッコつかない状況、要するに「カッコ悪いなあ俺」と言っている。
寝たふりしてる間に
当然のことだが「寝たふり」している人は「寝ていない」。逆である。
出ていってくれ
そして、ここまで「逆」を続けた挙句の「出ていってくれ」のシャウトだから、この男の気持ちがこれ以上なくストレートに、痛いほど伝わる。男はただこう言っているのだ。「出ていかないでくれ」と。
だから、この曲自体が、カッコつかない状況でカッコつける男の、カッコつかないカッコつけ、ただそれだけを描写している。しかしなぜだろう。だからこそこの歌は「カッコいい」のである。
この歌詞を「男の気持ち」でストレートに置き換えるとこうなる。
本当に出ていくの
そりゃいいことなんてなかったけど
出ていっても戻ってきてほしい
こんな俺、カッコ悪いな.....
眠れないんだ 出ていかないでくれ
どうだ、カッコ悪いだろう。
そういう時代だった。男が自分の気持ちを「女々しく」吐露することが許されなかった。そんなことをしたらカッコがつかないし、男はカッコをつけなければならなかった。けれども「男なんだからカッコをつけなければ」というのは規範であり、建前だ。建前とは別に男にだって吐き出したい気持ちがあるし、その気持ちがどうしたって「カッコ悪い」ことだってある。
カッコ悪いことを吐露したいが、カッコをつけなければならない。規範は守るしかないけれど、それでも自分の気持ちを吐き出したいとき、男はどうするのか。この矛盾を同時に満たすには「カッコつけさせてくれ」というカッコのつけかたをするしかない。「勝手にしやがれ」は、だから「出ていかないでくれ」という気持ちを「出ていってくれ」と歌うしかないのである。
二番の歌詞はこうだ。
バーボンのボトルを抱いて
夜ふけの窓に立つ
お前がふらふら行くのが見える
さっきまで「壁ぎわに寝返りうって」、つまり目をそむけて「見ないように」していた。それなのに二番では、男は女が出ていくのをわざわざ見にいき、自分からその姿を確認しに「夜ふけの窓に立つ」のである。見ちゃうんかい。
そしてこともあろうか、最後のセリフは「さよなら」にするか「あばよ」にするか、どちらがいいかと思案する。
さよならというのもなぜか
しらけた感じだし
あばよとサラリと送ってみるか
さよならか、あばよか。そんなのどっちでもいいだろう。問題は二番での男の一連の行動が、一番での涙ぐましい努力、そのすべての否定になっているということだ。声、かけたら、台無しじゃないか。「寝たふり」してたのバレるだろ。
男の行動はどこまでもカッコがつかない。いわば二番はそのダメ押しである。「カッコ悪いカッコつけ」ですら完遂できなかったただカッコ悪いだけの男の姿がそこにある。
カッコさえつけられなくなったら男はどうなるのか。「ふざける」しかなくなるのである。
別にふざけて困らせたわけじゃない
愛というのに照れてただけだよ
夜というのに派手なレコードかけて
朝までふざけようワンマンショーで
女に出ていかれたこの男にはもはや「すること」は何一つ残されていない。「派手なレコード」かけて、「朝までふざけ」るしかなくなるのだが、男がふざけるのは「愛に照れて」るからだという。女はとっくに出ていった。残ったのは、誰もいない部屋で一人、夜中にレコードかけて騒いでる、カッコすらつけられなかった、ただふざけてるカッコ悪い男だけ。どうしようもねえ。
だから「勝手にしやがれ」というタイトルは女に向かって言っていると思われがちだが(「勝手に部屋を出ていきやがれ」)「逆」かもしれないのだ。カッコつけたり、それができなくなったら、ふざけるだけ。そんな男のしょーもなさにつける薬なんてないのだから、我々は男に向かってこう言うしかない。「勝手にふざけやがれ」と。