不快に出会えない社会
https://gyazo.com/c9184227b6546da0f18e089a995f98de
こういうクソリプがついてた。
クソリプ自体はいいんだが、問題は何もこちらが設定していないのに通知も表示も一切なされていなかったこと。
こちらの判断を待たずに、勝手にバックヤードで、アルゴリズムが不快を排除している。 自分もたまに引用とかするけれど、たぶん相手には伝わってない。通知すらいってない。
たぶんコメント内容とかから判断して、100%肯定的とかでなければ引用しても表示されんのよな。
今仮にそれは気のせいだとしても今後そうなるのは間違いないっていう。
全ての不快の素を無差別に一掃して了おうとする現代社会は、このようにして、「安楽への隷属」を生み、安楽喪失への不安を生み、分断された刹那的享受の無限連鎖を生み、そしてその結果、「喜び」の感情の典型的な部分を喪わせた。そしてその「喜び」が物事成就に至る紆余曲折の克服から生まれる感情である限り、それの消滅は単にそれだけに停どまるものではない。克服の過程が否応なく含む一定の「忍耐」、様々な「工夫」、そして曲折を越えていく「持続」などの幾つもの徳が同時にまとめて喪われているのである。藤田省三セレクション藤田省三 (Kindle の位置No.5312-5317). Kindle 版. ってなると、これを前提にどうやって民主主義や公共圏を構築していくか?って話になるんよな。
ここでもPluralityの話に戻ってきてしまう。消極的な「禁止」とかではなく、意見が公正に立ち上がるような仕組みを構築していかないとまずい。 複数性をどうデザインするか。