ヴィーガンは肉を食べてもいい
もちろん本人が食べたくないと言ってるのに食べさせるのはよくないけど、ヴィーガンだって人間なんだし、たまには天一やCoCo壱を食べたくもなるだろうから、食べたいんなら食べればいいと思うし、食べたからってヴィーガンじゃないとはならない。 「肉食べてるくせに欺瞞だ」という人がいるかもしれない。むしろ誠実だからこそ、それだけ肉を食べたいのにヴィーガンにチャレンジするし、食べたいという欲も時には肯定しているのでは。そんな人間としての矛盾に真摯に向き合い、それでも少しでも善く生きようと努力している人の、実際上の矛盾点を指摘することで、「ほら、努力は一切無駄なんだ」とオール・オア・ナッシングで物事を捉え、自己の肯定に使うことで、世界の問題に取り組まなくてもいいと自分を納得させている人のほうが欺瞞の塊と言っていいだろう。 以前、某記事で、インド人をCoCo壱に連れていったら、ヴィーガンのインド人がインドの神様は日本までは見えていないと言ってメンチカツカレーを食べていた。インドでは当然食べない。日本の自宅でも食べない。けれども日本の外食なら食べるという。アシリパさんも「フチはこう言うけど私は守ってない」みたいなの何かあったよね。(プラチック参照)。 セクシュアリティだってかなり細かくいろんな形やあり方、スタイルがあるのだから、食についてだって「こういう条件のときは食べたい、食べる」があったっていい。