リベラルを変えるより直接アンチリベラルを変えるほうがまだラク
これ自体が「待て、いったん冷静になろうって言ってるお前たち。冷静になろ?」でしかないじゃん。司会を仕切るコミュニケーションの典型。 他人の意見は「おしゃべり」「ゲーム」。で、他方で自分たちのそれは違うかのように言うの、すごい仕切りだなあ.....。
目の前のことをみんな「理解」したいんだよ。それをなんか「今はこのフェーズ」とか、なんであなたが勝手に仕切ってるの?と。それって「このままじゃ負けるぞ」って言ってる人と何が違うの?昔からある「大衆の原初的な力や気持ちを一番わかってるのはオレ」ムーブでしょ。 あと、そもそもなんだけど、参政党支持の理由を理解しようと努力することと、辛い気持ちを共有したりケアしあうことは特に矛盾しないのでどちらもやったらいいと思うんだけど、なぜ対立するかのように言うの?
私は「排外主義を支持する政党がこれだけ当選するなんて怖い」と言われれば「ほんとにな.....」とは思うが、みなが排外主義者であるかのような「理解」や、排外主義だけ否定するメッセージを大量に流したところで「勝てない」と思ってる。
要するに「こういう言い合いはどちらも同じようなことが言えてしまう」。
では、それなのになぜ「こんなこと」を「この手の人」は言いたがるのか。
参政党支持者の前に「筋頑リ」の気持ちのほうが(自分と近いため)比較的容易に理解しやすいし、そちらを理解したほうがいい。 「筋金入りの頑固リベラル」は、
まず何より差別の問題に強い関心を抱く。次に重要なのが格差の問題。 どこにいっても大事なことをただ大事だと愚直に繰り返すのが好き。
デモやカウンターには積極的、かつ頻繁に参加する。
バカにしてんじゃなくて、本当に何人かからそう言われた。
もちろん負けるのはイヤなので、頑張るけど、結果負けても仕方ないって思ってる。
けれども人によっては「おしゃれ」や「ダサくない」は大事。
だからデモの運営方法やコールのあり方については意見あるし、
関係ない運動の旗を持ってくるようなセンスとかには問題提起をする(差別化)
高齢の既存の左翼運動の人たちにもちょっと当たり方が辛い
少しでも自分の基準で問題発言していると思った対象はフォロー解除。
アルゴリズムやフィルターバブルなどもお構いなし。
近代的なプロブレマティックで社会を見ている。
こういう風に名前をつけられたり、分析されることは嫌いだが「冷笑系」「ネトウヨ」などと他者を有徴化することについては意外と大好き。 なんかこの言い方だとバカにしてるみたいだが、そうではない。愚直に根本的に大事なことを言い続けることも実際にはとても重要。なんなら最も重要ですらありうる。
こういう人たちは「そんなんじゃ負けるぞ」って言われるとそれに対して「うるせー」って言いたくなる。その「うるせー」が↑の投稿。
そもそも「参政党支持者のような人を否定する前に理解したほうがいい」ってのは言ってることとしては正しいんだけど、この手の「根っからリベラル」の人に言っても絶対に通じないし、それこそ「言い方考えろ」ってそっくりそのままお返ししますよ?って話。
それでもなぜ「だから既存のリベラルは.....」って説教したくなるのかって、結局、↑の投稿の人と同じで「俺こそ真のリベラルの最善の戦略」って他のリベラルに説教かましたいだけ(そういうつもりはないだろうがそう言われても仕方ない)。
頑固なリベラルは相当深くまでリベラル的な価値観をホールドしてるので、その愚直な繰り返しにしか反応しないし、絶対に意見を変えることはない。他人を説得するのも苦手だが他人から説得も絶対にされない。「攻撃力としてはほぼほぼ期待できないが、鉄壁の防御力を持つ」くらいのものとして理解しておいたほうがいい。
なので筋金入りの頑固リベラルを動かすくらいなら、参政党支持するような人たちに、直接説得しにいくほうがまだ可能性あるし、生産性高い。 ただしそれをした場合、SNS上では「筋金入りの頑固リベラル」クラスタから排除される。