ニューロティピカルな会話が苦手な人ほどニューロティピカルな会話をする
他の方のDiscordサーバでAさんからこんな話があった。実家に帰省したら母親がずっと兵庫県知事の話ばかりしてる。実家住まいの弟は毎日その話を聞いてるらしいと。ちなみに母親は兵庫に住んでもいないし縁もゆかりもないとのこと。
それは弟さんも大変だなあとか、Aさんもいやだろうなあ.....という自然な共感と同情がわいた。
そこでAさんが母親に質問をしたという。「なぜ兵庫県知事なのか」と。「人が死んでるんだ」というのが母親の答えだった。「人の生き死にだけならウクライナだとかトランプ関税だとか他にも重大事あるだろう」とさらに聞いたがAさんは母親がまったく理解できなかったと。
こうなると自分はだんだんAさんにイライラしてくる。説教したくなる。
それ単なるWhataboutismやろと。
そもそも人が特定のトピックに根拠を持つことに理由などないのだし、自分だってそういう理由のない特定トピックへの執着だってあるだろう。単に自分がその話を延々されるから「はい?」となった、めんどくさい、だるいと感じた。それだけでいいところをいちいち「質問」する嫌らしさ。「質問」で別の機能を果たさせてるのがいけすかなくて。
単に「その話ここでせんでもええやろ」「しつこい。めんどい」「同じ話ばかりすな」「話題選べこのタニシ」と言えばいいだけのところを「なぜその話なのですか?」と聞くだけ聞いて「どうやら根拠はないようですね.....理解しようと試みましたが理解できない人間のようです」ってやるの、すごくコンテキスト性高いからやめてくれって思ってしまう。
発達障害とかで「言外の意味を読むのが苦手」のように言う人ほど、こちらから見ると「それコンテキスト高いからやめてくれ」「そこで止めておいてくれればいいのに関係ない明後日の方向に無駄に掘り進めるの無駄だからやめてくれ」ってコミュニケーション結構してるだろと。
Aさんは主観的には本当に「母親のことが知りたくて」そのような「質問」をしたのかもしれない。けれども、本人の意図って本人が一番理解できているとは限らないものだし、本人の意図から離れて実際にその発話行為がどのように機能するかはまた別の話になる。
そうすると、①主観的にその人は自分の心情をどのように理解しているのかと、②客観的に見てその人の心情をどのように理解すべきなのかと、③心情と関わりなくその発話がどのようにそのコンテキストで機能するかという、少なくとも3つの「意味」をこちらは考えなければいけなくなってしまう。
そのような腑分けや分析、自分は得意なのだが、そこにむちゃくちゃ脳内メモリを食われる。だからものすごく疲れてしまって、コミュニケーション能力は低くないのに、すぐに対人ギガがつきてしまう。人付き合いが苦手になった。
他人の気持ちがわからないって言う人、まず最初に自分の気持ちを素直に認められていない=自分には気持ちがないかのように振る舞う、その振る舞いを正当化するような複雑な言語行為を無意識にやっているから「やめてくれ」「それ、ニューロティピカルすぎ」ってなってしまう。
Aさんの例でいくと、Aさんは①主観的には母親のように、縁もゆかりもない話題にそこまで熱心になれる人の気持ちがわからないし、理解しようとしたけどそれが自分には難しいようだと理解しているのだろうと推測できる。が、②周囲から見ればAさんの心情は実際には「関係ない話を延々してくる母親うぜー」「理解できないのではなく、理解したくないくらいには(そういうところは)好きじゃない」「そんな母親を尊敬できないとか、好きじゃないという気持ちを正当化する上でのエピソード開陳」って感じで、単純に③機能面から見ると、情報に対してバイアスがあり、冷静に判断できない、所詮はテレビやメディアにおどらされるしかない、バイアスから相対的に自由になれてないと言うことによって、自己の感情に触れることなく、母という他者を自己より劣ったものだとプレゼンテーションできる、みたいな感じになる。
毎回自分はこういうことを考え「じゃあ、Aさん的には①なんだから、それに合わせておくか」みたいなコミュニケーションを結構強いられてるところがあり、それがだるい。
こんなまわりくどいこと言われるくらいなら「母親が毎回兵庫県知事の話してきてだるい! 他にも話題あるやろ」くらい言ってくれたら「ねーーー」って合わせるだけでいいのでむちゃくちゃ楽なんだけど......。
こういうのをAさんの欺瞞のように感じてしまうし、Aさんのためにもよくない......みたいに思ってしまうのだが、これだって単に「そういうAさん感じ悪いじゃん!」でいいよな。
最近、こういう「掘らなくてもいいところで明後日の方向に掘り進めないためにも、感情を素直に認めてそこにとどまる」ことができる人間がどんどん減ってる感じがして、それもだるい。
それってニューロティピカルな人が得意な傾向の会話じゃないかって思っちゃう。
ニューロティピカルな会話が苦手な人ほどニューロティピカルな会話をしてるんだけど、本人にその自覚がない問題。
こちらにはニューロダイバージェントな会話を求めてくるのに、自分らはニューロティピカルな会話をしていく。でも、こちらはそちらに「今のかなりニューロティピカルですよ」と指摘もできないし、しても理解されない。