インスタントにストレスが解消されること自体に対するメタなストレス
完全にストレスからやっちゃってたけど、「X見る」のがまた新たなストレスになってる。
X.iconを再開してしまったせいで、自分が貧しい人間になったと感じる。
Xはその時は瞬間的に満足は得られるし、苦しいときとか時間あるときにはそうしたインスタントな満足がインスタントとわかっていても手を伸ばしてしまう。
けれども、何も残らないし、どんどん自分が断片化されていくのを感じる。集中力や記憶が続かなくなっていき、目の前の流れをただただ延々と眺め続けることしかできなくなっていくのだ。
根本的な不満は解消していないのに、その場でちょっとずつちょっとした満足は得られてしまう。そのことを繰り返していること自体に対するストレスがあるのだが、そのストレスを忘れるために、小さなストレスを小さく満足させるを繰り返す構造。
割とおもしろい、有用な投稿も多いのが、逆によくない。確かに「有用」かもしれないが「今、必要でないもの」を脳が「今、一番重要なもの」だと錯覚してしまう。たとえばシュノーケルは潜水するなら大変有用だし、その付け方も知っておくことはダイビングするなら絶対必要な知識だろうが、そもそもお前は海に潜るのか?今潜るのか?っていう。
今一番やらなきゃいけないことや、考えなきゃいけないことよりも、他の人が考えてることが割り込んできてしまって、それに対してなんらかの反応とドーパミンを出してしまう。疲れる。
ゲームも同じ。やってるときは時間を忘れられるけど、それを繰り返すことにどんどんストレスがたまってくる。
今、暮らしが上手くいってないし、たまらなく孤独だし、人生に希望が見出せないから、ゲームで時間をごまかしてるだけ。ぶっちゃけゆるく自殺してるだけだと思う。