ますます話し言葉に寄せて文章を書く
なんかふと「若者っぽく文章を書きたい」というよくわからない啓示を受けた。
文末に。とか打たないんでしょ? なんか冷たい感じがするから。それってどういうこと?🧐 AI 💻に指導を受け
なんだろうね。この生活ログを更新しながら、ふと「箇条書きにしても誰も読まんな」と思ったんだよね。
なんだろ。文章にしないと読まない人たちがいる。そっちのほうが不便なのに。
たとえばこの生活ログ、このままだとどう読んでいいのかわかんないけれど、note.iconにそれっぽいタイトルつけて置いておけば読む、読みそうっていうか。
で、その時の文章も、noteナンバーワン売り上げのけんすうさんが「だ/である調はきついかなって思います」と書いていたので硬めだとキツいわけ。
じゃあどういう文章なら読むんだ?って言ったら、これもう、話し言葉だよね。
あと話し言葉っぽい文章って文章の再利用可能性、リユーザビリティが高い。だってこれをそのまましゃべったらPodCastになったり、Youtubeのスクリプトになるわけでしょ。とすると我々は文体でも文章の再利用可能性を上げていくべきなんだろうなあと。
ますます言文一致体になっていくっていうか。
......みたいなことが突然降ってきた。まあ、今日はあれだよね。なんかぜんぶ突然のノリでふってくる日だよね(笑)。