「ポリコレリベサヨうんこ学者」は誹謗中傷になるか
北村紗衣と雁林との裁判。雁林が北村(と小宮友根)を「ポリコレリベサヨうんこ学者」などとツイートしたことに対し、北村が名誉毀損を訴えた。雁林はカンパを募り440万円ほど集めた。そこで北村側はそうした事情も勘案し、330万円を請求。結果、雁林に220万円の支払いを命じる判決が出た。この金額は「カンパを集めていた」ことも考慮されて決定されたとのこと。 とまあ一連の流れがあったことすらまったく知らなかったのだが、判決出てから北村のツイートで知った。私は事前の心情的には北村:雁林=100:0くらいだし、雁林に関して言えば、その投稿が嫌になってきて、ミュートした上でブロックするという徹底ぶりだったのだが、以下のようなツイートについては確かに気になった。
非常勤講師(当時)が終身雇用の准教授に訴えられてカンパを募ったら「悪質」認定されるというなら、弱い立場の人間は裁判などできなくなると思うけど……。
クソ野郎と言っても名誉毀損にならないがポリコレリベサヨうんこ学者と言ったら220万円らしい。司法判断が謎だ。クソはいいけどうんこはダメなのか
確かにカンパ募る「だけ」で悪質と判定され費用を増額されるなら、雁林は(嫌いだから)ざまあと思ってる人でも、自分が同じようにカンパして裁判することができなくなってしまう。「クソだな」程度はみんな言ってる。「うんこ」と言っただけで名誉毀損になるのもおかしい気がする。
そこで実際の判決はどういったものなのかが気になった。別に「うんこ学者」【だけ】で名誉毀損が認定されたわけではないのでは? カンパを集めたこと【自体が】増額の理由になったわけではないのでは? 判決文は以下のリンクですべて読める。読んでみよう。
まず、ニュースやSNSでの多数の投稿、雁林の口ぶりからは「ポリコレリベサヨうんこ学者」だけで220万円を請求されたかのような印象を持ったが、北村から提示された争点は多岐にわたり、全部で11点にわたる。要するに「ポリコレリベサヨうんこ学者」と言ったから、それだけで220万円請求されたというのは事実に反する。
「ポリコレリベサヨうんこ学者」が原告である北村の名誉と名誉感情を侵害したという争点は「争点7」である。が、裁判官は名誉毀損についてはこれを否定し北村の主張を退けている。判決文43ページには、以下とある。
https://gyazo.com/c3dfedf7384c779f7566d0a3082f1b59
ただし、名誉毀損は成り立たないが、名誉感情の侵害は成り立つと述べる。雁林側の主張が一定程度認められた判決だと言えるだろう。単に「クソやろう」「うんこ学者」と言うのみでは名誉毀損には当たらないが、名誉感情の侵害にはなるらしい。
名誉毀損というのは、事実を指摘して認識可能な状態に置くことで人の社会的評価を低下させること。
名誉感情の侵害というのは、人が自分の人格を大切に思う気持ち、つまり自尊心を傷つけること。社会的な評価とは関係ありません。
とのことだから、つまり、単にうんこ学者と言っただけでは社会的評価の低下にはつながらないが、自尊心は傷つけたよね?ということだ。これは「そりゃそうだ」としかいいようがないだろう。
名誉感情の侵害も不法行為になりうる。以下のサイトを見ると、「ブス」だとか「バカバカしい」などと言った言葉でも名誉感情の侵害にはなりうるとのこと。
このうち、慰謝料額については、投稿回数や投稿の内容、不特定多数の者によって投稿が見られるかどうか、侮辱しようとする意図があったのかどうかなど、さまざまな要素が考慮されることになります。
例えば、既に紹介した裁判例(東京地判平成31年1月15日)では、投稿が複数回に及ぶこと、誰もが閲覧できるインターネット掲示板に投稿したこと、投稿内容は「ブス」や「ブサイク」など原告の容姿を誹謗中傷するものであることなどを考慮し、慰謝料額を20万円としました。
また、東京地判令和4年3月4日では、投稿の表現内容が悪質なこと、原告を一方的に侮辱する意図が明確であること、被告が現在まで原告に謝罪したような事情はうかがわれないこと、他方で、具体的事実を摘示せず単に侮辱的表現の羅列に過ぎないため名誉毀損にはいたっていないこと、名誉感情侵害の部分は短文にとどまっていることなどを考慮して、慰謝料額を8万円としました。
ポイントは目にした人の人数や、執拗な頻度にあるようだが、金額的には20万円、8万円といったところが妥当なようだ。
それなのに雁林は「うんこ学者」と言っただけで220万円も請求されたのは法外ではないか? 事実、雁林は次のようにツイートしている。
町長にレイプされましたの虚偽告発で下された新井に対する賠償請求が275万、ポリコレリベサヨうんこ学者と言ったりカンパ集めたりが220万か……55万しか変わらなくて真顔になりました。
だが、「うんこ学者」の件は、北村から提示された争点11個のうちの1つにすぎない。「うんこ学者」と言っただけで220万円も請求されたかのように見せることは、SNS上のパフォーマンスとしてはカッコがついても、控えめにいっても意図的なミスリードだとしかいいようがないだろう。
では、北村は他にどのような点で雁林を訴えているのかというと、あまりにも長いので、元の判決を読んでもらえればと思うが、かなりひどいことを継続的に言い続けている。すべては挙げないが「気が狂った」だの「異常性格」だの、中には北村の著書の書影に中指をつきたてた写真まで......。これらを合計すればそりゃ北村が受けた恐怖感情とダメージは一定程度に達して然るべきと、裁判官でなくても考えざるをえず、請求の200万円はこれらすべての名誉毀損、名誉感情の侵害を合計した時、そこまで突飛な額だとは思えない。
カンパを募ったことを増額事由として認めるべきかについては、裁判官は次のように判決している。
> 1 1 争点11(損害額)について
既述のとおり、本件投稿①から⑨ 及び ①につきいずれも名誉毀損若しくは名誉感情侵害又はその双方の不法行為が成立するところ、 令和元年から令和5年にかけて行われた前記各投稿を通じ、 被告の原告に対する悪質な誹謗中傷が執拗に繰り返されている。 一面識もない被告から前記のような誹謗中傷を受け続けたこと自体(原告本人)、原告にかなりの精神的苦痛をもたらしたものと推認することができる。
さらに、被告のツイッターアカウントには1万人を超える多くのフォロワーがおり(甲28、52) 前記各投稿は不特定多数人の目に触れたものと認められる上、 実際に同調する投稿が複数行われている (前記4(1) イ、 10 (1) イ)。加えて、被告は、本件訴訟に対応するための支援金をツイッターで募り、 約450万円を集めてその旨を公表した (甲6383)。 原告を貶める前記各投稿がこのように広く伝播して同調する投稿が現れ、 しかも被告が前記のとおり本件訴訟のために公然といわゆるカンパを募ることは、 同調者をあおるものといえる。これらは、 原告の慰謝料増額事由として評価すべきである。
公然とカンパを募ることが同調者をあおったとされる。「これらは」原告の慰謝料増額事由として評価すべきとあるので、単体でカンパを募ったことが増額の事由と認められたとも限らない。ポイントはカンパ自体なのではなく、北村を貶める投稿とともに「公然と」(集めた金額まで公開して)カンパを行ったことが「同調者をあおる」ものと評価されたということだろう。
カンパ自体が悪いとなれば確かに貧富の差があった場合に、裁判で貧しい側が戦うのが難しくなってしまう。が、「同調者をあおる」形でではないならば、カンパ自体には問題が発生しない、とは言えるかもしれない。