ゲンロンSF新人賞_第7期_最終候補作へのコメント
全体への感想
毎年のことではあるのですが、年々上手くなっていると思います(機械もまた上手くなっているわけですが)。
すでに「あとは作家としての選択次第でしょう」という人も増えているのではないでしょうか。
そういう意味では、自分はどういうタイプの書き手であるのかというのが、今後より重要になっていくのかもしれません。
一押しする作品
「うたたねのように光って思い出は指先だけが覚えてる熱」大庭繭
粗削りなところも目立つのですが、不思議な文章の調子と、「記憶が人格を持っている」というありそうで意外にない設定を押し通した力が面白いと思います。技術的なものは上げることができますが、不思議さというのはどちらかというと失われていくものなので、大事になさるとよいと思います。
個別評
■「那由多の面」中野伶理
これだけ調べ、書けるのであれば、わたくしからはありませんが、全体の形は単調であるかと思います。たとえば導入はそこからの方が適切なのか、時系列が淡々と進んでいく形式が内容とうまく吊りあっているのかは、検討してみてもよいかと思います。
ただそのあたりは最早、書き手としての作風の選択ということになるかと思います。
■「うたたねのように光って思い出は指先だけが覚えてる熱」大庭繭
文章が非常に安定していると思います。
入りが弱目なのですが、文章の力でもたせることに成功しているのではないでしょうか。未来からやってきた、が、どうしてもありがちに見えるのですが、実はわりあい見たことのない構造をしていて、先が気になりました。構造の奇妙さを使い切ったとういとこまではいっていないかと思いますが、充分に利用できていると思います。
SF設定がそこまで必要な話ではないので、そのまわりをすっぱり刈り込んでしまうのもひとつの手ではないでしょうか。
■「SOMEONE RUNS」鹿苑牡丹
文章がうまいです。SF的ガジェットや舞台の設定もよいと思います。進め方に緩急もあり、飽きさせません。
ただ、読後感が、内容に関するアピールにあるあらすじの読後感とあまり変わりません。目指したところがクリアされていますが、そこに、実際に小説を書いたことによって付加されたものが少なかったような印象を受けました。
■「真夜中あわてたレモネード」木江巽
よいと思います。楽しかったです。
ただ、調子の統一がやや弱く、どんな種類の話なのかなかなか掴みにくいです。その種の読み口を想定しているなら見事なのですが、狙ったものではないのではないでしょうか。模様の違うトランプのデッキが複数混ぜられているような落ち着かなさとでもいったところでしょうか。
説明と出来事、それぞれのブロックの大きさや提示していく順番でかなり変わるのではないでしょうか。
■「アンドロイドの居る少年時代」池田隆
お話としてはできていると思います。一番外枠の設定を認めてしまえば、小道具などもよいです。
ただ、全体的に会話劇というか、脚本の状態なのではないかと思います(そして誰が喋っているのかがややわかりにくいです)。ここから演出を盛っていくところではないでしょうか。
そのせいで、それなりに場面は転換するのに、単調さを感じさせるところがあると思います。
最も大きな設定、アンドロイドの部分が、すでに多くあり、今後も増えてくる部分ではないでしょうか。そのあたりを突き抜ける特徴が欲しいところでした。
■「聖武天皇素数秘史」藤琉
一番のネタである素数の効果がほぼ駄洒落なので、そこに乗れるかどうかがひとつ、それをメインにするとして、全体の調子をどう整えるかでしょうか。現状では、かなり真面目にはじまり、時代背景なども丁寧に描いていったところで、駄洒落(あるいは早打ちタイピング)バトルがはじまるので、読み手への負荷が高い形ではないでしょうか。
途中、ゼータ関数の級数展開がでてきますが、話の流れ的にはオイラー積表示が出てくるべきところではないでしょうか。