ゲンロンSF創作講座第5期_最終候補作への感想
『水溶性のダンス』
読み心地がよいと思います。
なによりもイメージがよいです。
全体としては大きな道の真ん中をゆきつもどりつして、まっすぐ終わった、という印象で、
盛り上がりに欠けた感があります。
分量をエピソードの出し入れで調整しようとした結果、重複部がうまれ冗長感が出た、と見えます。
タイトルも魅力的だと思います。
『その感情雨が降るまで』
文章としての読み心地は悪いです。
核となるアイディアは面白く盛り上がるのですが、フィクショナル・サイエンスとしては、ドラえもんや星新一型の方が適切と思われる題材なので、物理っぽい説明は単に煙に巻こうとしているというようにしか見えず、逆効果になっていると思います。
やや設定説明気味なところも、気にかかるところです。
たとえばタイトルであるとか。
読者に感じて欲しいことが、こう感じて下さいと書いてある気がします。
それが目的であれば成功はしていますが、効果はあまり上がっていません。
『秘伝隠岐七番歌合わせ』
素晴らしいと思います。
これだけのものが書けるのであれば特になにも、と思ったのですが、何箇所か難点はあります。
ひとつには、及び腰であることで、作品末尾の但し書きは、真っ向勝負にするべきところで、そこで引いてもなににもなりません。『薔薇の名前』の冒頭部など参考になさるとよいかと思います。
ふたつには、判がないことです。あるいは元ネタかとも思われる、塚本邦雄「架空九番歌合」などを参考になさるとよいと思いますが、判こそ書けるものではないかもしれず、いっそそこは、俊成の判を引用することで、定家が後鳥羽院に挑む──ということでもよかったかも知れません。
すなわち、「源氏見ざる歌詠みは遺恨の事なり」なりを定家と後鳥羽院のやりとりとして織り込むことで二人の対立、隔意を演出できたのでは、ということです。
老成した作家が挑むような題材に、挑戦精神が素晴らしいのではないでしょうか。
時が経てば、終わり方なども思いつくようになるかもしれないと思います。
『夏』
ややこなれないですが、読み心地は悪くないです。
ただいかんせん、まっすぐ通り抜けて終わった感が否めません。
その感じはタイトルの『夏』にも現れていて、夏である、という以上の出来事が欲しかったところです。
『銘刀の絆』
読み心地は悪くないです。
細かな物品に目がいくところに安定感がありますが、流派であるとか、組織であるとかが大雑把な設定になっているので、そこでバランスが崩れる感があります。
対決ものへの移行からやや紋切り型に流れるので、全体の構えが小さくなった感じもします。
人間関係の処理にややもたつくのと、とってつけた感はあります。前後編に分かれているような。
タイトルもそのままなので、全体にひねりが必要なのではないでしょうか。
*現状、「マスター」「スレーブ」という用語はIT業界でも置き換えが進んでいます。
『偽景』
読み心地は悪いです。
科学設定自体はよろしいかと思いますが、さすがに説明がすぎるのと、そこまで用意したわりには、解消が逆位相では苦しいかと思います。相転移したなら、そこで現れたパターンを打ち消す(どうやって?)のではなく、マクロパラメータを制御して消すのではないでしょうか。
「罪」が問題になっているのですが、「罪」が罪か? というところと、その解消が、解消されたか? というところで、振り落とされる場合も多いかと思います。
感情の流れのコントロールが、抑える/吹き出す型なので唐突なのと、独白型なので独走してどっかへ行ってしまうところに工夫が必要かと思います。
タイトルももうふたこえ工夫が欲しいところです。
『借りてきたネコは恋をする』
まま、問題の多い作品で、
行き過ぎたなになに、が一回無効化された世界で、冗句をやるというのは非常に高度な技術か、作家の強いキャラクターが要請されます。
発表してしまったものは、誰にでも読まれうるものだからです(現にこうして公表されているわけですし)。
そこのところ、講座では最大限好意的に読まれるかと思いますが、現状では筆力不足であると感じます。
また一般に、デビュー作はあとを引くものであるので「過激」なもので目を引くことはおすすめしません。
といったあたりをマスクするとして見ると、発想自体には面白いところが多々あると思います。
しかしここまでくると、科学っぽい説明とかあえてつける必要とかないのでは、というところも目立ち(量子渦など)、最終的にはワンアイディアなので、そのレベルの科学設定だけあればよいのではないかと思います。
タイトルは、全体の気の抜け具合とは合っていると思いますが、力が抜けすぎではないでしょうか。
顔を知らない誰かに読まれるということに対する警戒感が必要ではないかと思います。
『上へ参ります、上へ参ります』
読み心地がよいです。
ショートストーリーとして過不足なく進行し、きれいに落ちる形ですが、やや小振り感はあります。
問題なのは一番外側の設定で、そこがいただけません。というのは、さすがにみんなものを落としてみるだろうからで、
この世界の住人は全員、一本頭の筋が抜けています。
お話ありきで設定された世界ですが、そこに維持できない大穴があいているので、建て直すことはかなり困難であるかと思います。
タイトルはよいと思います。